院長からのメッセージ

ホームページ「コラム」欄の修復のお知らせ 2010年05月13日(木)

   3月下旬にホームページの「お知らせ」と「コラム」が作動しなくなり、皆様にご迷惑とご心配をおかけいたしました。本日、過去に掲載された全コラムの修復作業を終えました。ただし、掲載の順序は変わっています。
 今後とも玉井クリニックの「コラム」のご愛読をよろしくお願い申し上げます。
 

ジェネリック医薬品(2010年4月26日 掲載) 2010年05月13日(木)

   ジェネリック医薬品という言葉をご存知ですか。ジェネリック医薬品とは、特許の切れた薬を他のメーカーが真似て作ったものです。新薬の開発に伴う費用が要らないため、価格を先発品よりも2〜8割安く設定できます。国(厚生労働省)は医療費削減のためにジェネリック医薬品の使用を強く推奨し、テレビ・コマーシャルは「同じ薬が半額以下」「使わなきゃ損」と盛んに宣伝しています。まるで「ジェネリック医薬品を積極的に使わない医療機関は遅れている」と言わんばかりです。しかし本当に良い事ずくめなのでしょうか。

 薬は、有効成分、添加物(賦形剤、保存剤など)、剤形(錠剤、散剤など)の三要素からなります。ジェネリック医薬品で、先発品と同じ要素は有効成分だけです。添加物と剤形は同じとは限りません。その結果、先発品には含まれていない添加物が副作用や過敏症を招く可能性がゼロではありません。あるいは、剤形(コーティングの種類など)の違いにより、有効成分が体内で解け出す速度や分解される速度に変化をきたし、同じ薬のはずなのに効き過ぎたり効きにくかったりすることが起こり得ます。ジェネリック医薬品がオリジナルの先発品と必ずしも同一ではないことをお分かりいただけると思います。

 ジェネリック医薬品の承認申請に際して、「有効性の試験」は課せられますが、「安全性の試験」は存在しません。添加物や剤形の違いで思わぬ薬理作用が起こるかもしれないというのに、その審査が省略されているのです。副作用情報がほとんど無いというのは、使う側にとって大変に不安なことです。社会的信用度の高いメーカーならともかく、技術力が未知のメーカーの薬となると、どうしても使用に二の足を踏んでしまいます。

 ジェネリック医薬品ばかりが普及するようになると、新薬を開発する意欲をメーカーが失う恐れがあります。新薬の開発には通常、100〜150億円の資金と10〜15年の時間が必要とされています。もしも日本のあらゆるメーカーが新薬の開発を放棄して手軽なジェネリック薬の製造に走ったら、日本の技術力と国際競争力はあっという間に転落してしまうでしょう。科学技術立国の危機です。ジェネリック”先進国”のドイツで、今まさにそのような由々しき事態が生じています。世の中には、新たな治療薬やワクチンを必要とする病気がまだ数多く残されています。国は目先の医療費削減だけに心を奪われず、新薬の開発力を育成して国民の健康を守るという長期的な発想を持ってもらいたいものです。

 ジェネリック医薬品に対して厳しい見方を示しましたが、利点にも目を向ける必要はあります。ジェネリック医薬品の魅力は、何と言っても価格の安さです。特に長期間にわたり薬を必要とする方々にとって、価格の引き下げは朗報でしょう。また、ジェネリック医薬品の中には、十分な使用実績があり、品質評価と安全性の確立された薬がいくつもあります。服用しやすさ(小型化、味の改良)や安定性など、付加価値の点で先発品より優れた薬もあります。当クリニックでは、ジェネリック医薬品だから良いとか悪いとか画一的に扱うのではなく、個々の薬について品質と安全性をよく吟味した上で採否を決めたいと考えています。
 

保育園・幼稚園に入ったら(2007年4月2日掲載) 2010年05月12日(水)

   4月は新年度の始まりです。保育園・幼稚園に通い始める子どもたちは、生活環境の激変に直面することになります。集団生活は、友達を作る、ルールを覚える、知識と体験を増す、などの点でとても有意義です。しかし一方で、感染症にかかりやすい不利益もあります。免疫能が未発達である乳幼児にとって、病原体に遭遇する機会の多い集団生活は、成長過程における大きな関門でもあります。たとえば中耳炎や肺炎による入院は、冬季のピークのほかに5月にも小さなピークがあります。これは4月に入園した子どもが風邪を反復し、その経過中に中耳炎や肺炎を併発するためです。また、胃腸炎やインフルエンザを一、二人の子どもが発症すると、その集団内で急速に広がることはご存知の通りです。そのため、ワクチンで予防できる病気(ヒブ、小児用肺炎球菌、四種混合、麻疹・風疹、B型肝炎、水ぼうそう、おたふくかぜ、インフルエンザなど)は、入園前に接種をすべて済ませておくことが望ましいです。しかしワクチンで免疫を作ることができる病気はごく限られており、ワクチンの存在しない風邪ウイルス(200〜300種類あるといわれています)に対しては、自分の力で免疫を作っていくしかありません。保育園・幼稚園に通い始めると、月に一、二回は風邪を引きます。発熱、鼻水、咳、嘔吐、下痢など風邪の症状は多くのウイルスに共通で、どのウイルスによる風邪かを区別することはできません。何度も同じような風邪を引いているようにみえても、実際は異なるウイルスによる風邪を次々に引いていると考えられます。そして、それぞれのウイルスに対する免疫を獲得して、しだいに風邪を引かなくなります。

 風邪を完璧に予防することは不可能ですが、減らすことはできます。集団生活における感染防御対策は、保育施設ならびに子どもを通わせる保護者の方々にとって、是非とも知っていただきたい知識です。
@ 排泄物の処理・手洗い・消毒:胃腸炎の大部分は、便や吐物に排出された病原体(ノロウイルス、ロタウイルス、大腸菌など)が人の手に付着し他者の口に入ることで、広く伝播されます。日頃からオムツを処理した手をよく洗い流すことを心がけましょう。もしも園内で胃腸炎が発生した場合、1) その子が使った流しやトイレの消毒、2) 吐物で汚染された床・寝具・衣服・玩具などの消毒は、感染の拡大を防ぐ上で非常に重要です。
A 食品の衛生管理:日頃からの留意点として、1) 食品を扱う前に手を洗う、2) オムツを処理する場所と食品を扱う場所を厳密に分ける、3) 下痢や嘔吐などの消化器症状や化膿創を有する人は食品の扱いを極力避ける、などが大切です。食品の汚染は集団感染の引き金になることがしばしばあります。
B 出席停止と再登園の基準の明確化:風邪をはじめとする呼吸器疾患の多くは、咳やくしゃみの飛沫に含まれる病原体を介して広がります。また、胃腸炎については先述のとおりです。したがって、風邪や胃腸炎の症状が著しいときは登園を控えましょう。無理をすると、自身だけでなく他者の健康も害する危険があります。中でも伝染性の高い病気(裏面を参照)については、学校保健法により出席停止期間が定められています。「皆勤賞を取りたいから」「行事に出たいから」「親の都合がつかないから」という理由で、病気でありながら登園させることは法に触れる行為です。わが子を他人への感染源にしないように。
C 予防接種歴の再確認:予防接種の漏れがないかどうか、入園に際して母子手帳を見直しておきましょう。おたふくかぜと水ほうそうは任意接種の扱いですが、当クリニックは「できるだけ接種しよう」と呼びかけています。インフルエンザについても同様です。
 
 入園直後に数週間おきに風邪をひいていた子どもたちも、年を経るごとに次第に抵抗力を増し、小学校に入学する頃にはそうそう簡単に風邪をひかなくなります。乳幼児期に数々の病原体に遭遇しこれを克服することは、一種の通過儀礼と言えなくもありません。どの程度の病状で保育施設を休ませるかは難しい問題ですが、あえて線引きをするなら、1) 軽い咳や洟垂れ、または軟便があっても、熱がなく食欲も元気も平常どおりなら登園可、2) それ以上の病状であれば欠席して自宅で静養するか医療機関を受診する、となるでしょうか。「どの段階でクリニックに連れて行けばいいか分からない」と親御さんからしばしば質問を受けますが、「いつもと違うな」「心配だな」と感じられる時(個々の子どもによって様々でしょう)が受診のタイミングです。どのような状況でもお気軽にご相談ください。最も大切なことは、日頃から感染予防対策を徹底するとともに、子どもたちの健康状態を把握して病気による変化を見逃さない姿勢であると思います。

 (2013年4月3日、一部加筆修正)
 

小児救急 <夜間休日のかかりかた>(2009年1月8日掲載) 2010年05月12日(水)

   クリニックが休みの時に、子どもが急に熱を出したり吐いたりしたら・・・「すぐに救急外来に連れて行くべきか」それとも「明日まで待っても大丈夫か」の判断に迷った経験をお持ちの方は少なくないでしょう。今回のコラムでは、小児救急の仕組みと救急への受診の目安をお伝えいたします。

 最初に小児救急の仕組みから。小児救急体制は、病気の重症度によって一次から三次までに分けられます。外来で治療可能な軽症例は一次、入院治療が必要な中等症例は二次、集中治療を要する重症例は三次です。救急車を要請すべき重症例(三次)を除き、一次も二次もまず一次医療機関をご利用ください。大和市では大和市地域医療センター(046-263-6800)、座間・綾瀬・海老名市では座間・綾瀬・海老名小児救急医療センター(046-255-9933)が受け皿を務めています。市域を越えた利用も可能です。二次医療が必要と医師が判断した場合、医療センターから病院に紹介いたします。ただし、大和市は22時45分に、座間・綾瀬・海老名市は21時45分に医療センターを閉めますので、以後の時間帯の急患(一次・二次)の方は二次輪番病院をご利用いただきます。日ごろから公報などで当番(曜日によって異なります)の病院名と所在地をご確認ください。当番病院の情報はテレホンサービスでも提供しています。大和市は046-264-0119、座間・綾瀬・海老名市は046-231-4402です。「かながわ小児救急ダイヤル」では、小児の急病への対処法の相談に応じています。時間は毎日18時から22時まで、電話番号は#8000(携帯電話、市外局番が042以外のプッシュ回線)または045-722-8000(ダイヤル回線、IP電話、市外局番が042の回線)です。

 一次の医療センターの当番は開業医の有志が交代で務めています。二次・三次病院の日当直は勤務医が務めています。看護師、薬剤師、事務員も同様です。人員の配置や検査・投薬の体制が日中に比べて手薄であることは否めませんが、「地域医療を守る」という使命感のもとに、参加者が献身的に支えている事情をご理解ください。したがって、幼稚園や学校を休ませたくない、日中は自分の都合がつかない、夜間・休日はあまり待たされない、などの理由で気軽に利用することはお控えください。小児救急は、急な病気や怪我をした時、病状が急に悪化した時に対処するための施設です。皆様のご協力をお願い申し上げます。

 次に救急への受診の目安を。子どもの救急で最も多いのは発熱です。発熱は体内に入りこんだ病原体の増殖を抑える防御反応ですから、全身の状態が悪くなければ心配いりません。顔色が赤く、機嫌がよく笑顔が見られて、お気に入りの玩具で遊べて、食事をそこそこに食べられて、すやすや眠っているようなら、翌日まで待っても大丈夫でしょう。ただし時間とともに具合が悪くなったら、たとえば顔色が青白く、機嫌が非常に悪く、水分を飲もうとせず、ぐったりして動こうとしない時、または激しい頭痛や嘔吐を伴っている時は、救急外来を早急に受診してください。顔色がさらに真っ青で、呼吸が弱々しく、とろとろ眠ってばかりで呼びかけに応じない時、または痙攣(ひきつけ)が5分以上続く時は、救急車を呼んでください。また、生後3ヶ月未満の赤ちゃんが38℃以上発熱した場合は、重い病気の可能性がありますので、救急外来を受診してください。

 発熱に次いで多いのは嘔吐です。嘔吐の原因の多くは胃腸炎(お腹のかぜ)です。胃の中に入りこんだ病原体を吐き出す防御反応ですから、1〜2回吐いた後にすっきりして顔色が悪くなければ、翌日まで待っても大丈夫でしょう。何度も吐き続け、顔色が青白く、機嫌が非常に悪く、水分を飲もうとせず、ぐったりして動こうとしない時、吐物に血液や緑色の液体が混じっている時、激しい腹痛を伴っている時などは、救急外来を早急に受診してください。意識がおかしい時、痙攣(ひきつけ)を起こした時は、救急車を呼んでください。

 咳もしばしば見かける症状です。咳はのどや気管支にたまった痰や異物を押し出し、呼吸機能を正常に保つための防御反応です。元気(活動度)・機嫌・食欲・睡眠に問題がなければ、翌日まで様子をみても構いません。しかし、咳込みや喘鳴(ゼーゼーヒューヒュー)で横になれない、眠れない、肩で息をしている、咳込んで何度も吐くなどの時は、救急外来を受診してください。呼吸がうまくできない、泣くことも話すこともできない、顔色が真っ青でぐったりしている時は、救急車を呼んでください。

 ほかにも、下痢、腹痛、発疹、痙攣(ひきつけ)、誤飲など、子どもの病状はたくさんあります。「兵庫県立柏原病院の小児科を守る会」のホームページ http://mamorusyounika.com には、子どもの急病に対する保護者の行動計画が詳細に記されています。パソコンをお持ちの方はご参照ください。また大和市小児科医会では、いざという時に慌てずに対処するための「子どもの救急ガイドブック」の作成を計画しています。皆様のご心配を解消する一助になるように頑張ります。完成までに少々のお時間をいただきますがどうぞご期待ください。

 追記;2009年12月に完成しました。力作です! 約3万部が印刷され、各家庭や幼稚園、学校に配布されました。詳しくは、大和市役所の健康づくり推進課にお問い合わせください。

 追記(2013年3月17日);2013年4月1日から、二次輪番病院の担当が若干変わります。木曜日は従来の南大和病院に代わり、大和市立病院が当番を務めます。これまで繰り返されてきた小児救急の受け入れ拒否が、これをもって改善されることを期待しています。引き続き皆様には、救急医療の適正なご利用をお願い申し上げます。
 

解熱薬の使い方(2005年12月1日 掲載、2012年9月8日 一部改訂) 2010年05月12日(水)

   熱を出してフーフー言っている子どもを見るのはつらいことです。発熱に対してどのように向き合えばよいか、解熱薬をどのタイミングで使えばよいかを考えてみましょう。

 最初に、病気の重症度をチェックします。意識がおかしい、呼吸が苦しそう、顔色が真っ青、出血傾向がある、ぐったりして呼びかけに応じない、半日以上尿が出ない、生後3ヶ月以下 ⋯。これらの場合、とりあえず様子を見るのではなく、早急に医療機関に受診してください。

 重症でないと判断できたら(大部分の発熱が該当します)、状況に応じて解熱薬を与えて構いません。解熱薬は頓用が基本で、定時の服用はしません。小児で最もよく用いられるのはアセトアミノフェン(アンヒバ、アルピニー、カロナール、コカール、パラセタなど)です。投与後3〜4時間で最大効果が得られ、8〜12時間にわたって有効です。坐剤と経口薬(シロップ、細粒、錠剤)の比較では、経口薬のほうが若干早く効きます。間隔を6時間以上あけて、1日2回を限度として、適切に与えてください。他に小児で用いられるのは、イブプロフェン(ユニプロン、ブルフェンなど)だけです。

 上記2種以外の解熱薬は原則として小児に使用しません。アスピリンはライ症候群との関連があるため、特にインフルエンザと水痘(みずぼうそう)には使用禁です。メフェナム酸(ポンタール)とジクロフェナクナトリウム(ボルタレン)はインフルエンザ脳症との関連が指摘されていて、使用が厳禁されています。他の解熱薬も過度の低体温や肝障害を起こす危険があります。成人の解熱薬を小児に流用することはやめてください。

 そもそも発熱は病原体の繁殖を抑える生体防御反応であり、解熱薬の使用は病気の回復を遅らせる、という意見があります。筆者は、高熱でつらそうなときは解熱薬で一時的に楽にしてあげて、その間に水分を補給したり安眠させて体力の消耗を防ぐのは良いこと、と考えています。高熱の定義は38.5〜39℃以上です。これ以上の熱があっても辛そうにしていなければ(食欲、遊び、睡眠が保たれているなら)、無理に熱を下げる必要はありません。高熱のままでも大丈夫です。なお、解熱薬で熱を下げても病気が治ったわけではなく、あくまでも一時しのぎであることを忘れないでください。

 寒そうに震えて手足の先が冷たく青いのは、これから熱が上がる兆候です。毛布などでほんの少し暖めるといいでしょう。熱が上がりきると今度は赤い顔をして暑そうにしますので、毛布や布団の枚数を減らしてあげましょう。衣服の着せすぎはよくありません。頭や腋窩(わき)や脚の付け根を冷やすと気分がよくなります。ただし、子どもが嫌がるようなら無理に行う必要はありません。浣腸すると熱が下がるという民間療法は広く流布していますが、熱が下がるよりも熱に伴う頭痛を軽くすることに若干の効果があるようです。

 「高熱が続くと頭が悪くなる」という言い伝えがあります。たしかに41℃を超えると脳障害を生じる可能性がありますが、人間の体温は限りなく上がらないように脳で調整されています。通常の病気ではそのようなことは起こりません。ただし、高熱の原因が脳に存在する病気(髄膜炎、脳炎、痙攣重積など)と体温調節機能そのものが損なわれる病気(熱中症、熱射病)では注意が必要です。最初に述べた「重症度が高いことを示す徴候」があれば、早めに医療機関に受診してください。

 インフルエンザの流行期をひかえて、このコラムが親御さんの参考になればさいわいです。子どもの発熱を上手に切り抜けましょう。
 

禁煙のすすめ(2006年7月3日掲載) 2010年05月12日(水)

   狭い部屋でタバコを5本吸うと、周囲の人も1本吸わされる計算になります。この「受動喫煙」に関する医学的データが集まるにつれて、子どもへの健康被害が予想されていた以上に深刻なことが分かってきました。何も知らずに強制的にタバコを吸わされる子どもに代わり、子どもの健康を守るために声を上げるのが小児科医の役割です。喫煙者の方々にとっては耳の痛い話ですが、余計なお節介!と言わずに最後までご一読ください。

 タバコの煙には一酸化炭素、ニコチン、シアン化水素、タールをはじめ、4000種類以上の化学物質が含まれています。そのうちの200種類以上が人体に有害で、約60種類に発がん性があります。最も毒性の強い煙は点火部分から漂う副流煙で、フィルター側から吸われる主流煙の5〜50倍量の有害物質が出てきます。副流煙と喫煙者の吐き出す煙(吐煙)を自分の意思に関係なく吸わされるのが受動喫煙です。

 子どもにとって生まれて初めて出会う被害は乳幼児突然死症候群(SIDS)です。わが国では毎年400〜500人の子どもが犠牲になっています。親の喫煙、うつぶせ寝、人工栄養がSIDSの危険因子で、とりわけ喫煙の影響は強大です。SIDSのリスクは、妊婦の喫煙で7.01倍、妊婦の受動喫煙で3.41倍、出生後の子どもの受動喫煙で2.44〜10.43倍(喫煙者数が多いほど数値が高くなる)に増加します。両親の喫煙をなくせばSIDSの60%は防ぐことができます。つまり240〜300人の子どもは故なく死なずに済むわけです。

 次に受ける被害は呼吸器疾患です。タバコの煙には気道粘膜を傷つける成分が含まれているため、受動喫煙を続けている子どもは喘息・気管支炎・肺炎・中耳炎・副鼻腔炎にかかることが多く、かかった後は長期化・重症化しやすくなります。たとえば、喘息の発症率は親の喫煙によって2〜5倍増加し、中耳炎の発症率は1.5〜2倍増加します。いったん発症した喘息は、3〜4倍治りにくくなります。欧米では、長引く咳や反復する中耳炎にかかった子どもを診療する際、両親の喫煙状況を尋ねることが常識になっています。喫煙者の方々には、喫煙が子どもの通院や入院する機会を倍増していること、禁煙すればこれが半減することを知っていただきたいと思います。

 成長や発達への悪影響もあります。受動喫煙にさらされる子どもは、身長の伸びが0.2〜1.6cm低く、知能指数が4〜6ポイント低いとする報告があります。将来、問題行動や情緒障害を起こす率も高くなります。小児がん(白血病、悪性リンパ腫、脳腫瘍など)の発生リスクが14%増えるという報告があります。1〜2歳の子どもにしばしば見られる誤飲事故の原因はタバコが常に第1位です。以上、どのデータを取っても、親の喫煙によって子どもがいかに辛い思いをしているかをご理解いただけると思います。

 子どもの受動喫煙を防ぐ唯一の方法は、家庭内での喫煙を完全にやめることです。子どものいない部屋で吸う、台所の換気扇の下で吸う、あるいはベランダに出て吸う、などの気づかいは素晴らしいことですが、残念ながらどれも受動喫煙を防ぐことはできません。これらの対策を講じても、子どもの尿から通常の2〜10倍量のニコチンが検出されます。タバコの煙や微粒子が、空気中に長く漂っていたり、遠くまで拡散したり、喫煙者の衣服や頭髪についていたり、吐く息に含まれているためです。タバコ1本でドラム缶500本分の空気が汚染されることから、少々の防煙対策では足りないことをご想像いただけると思います。高価な空気清浄機に至っては、単に悪臭を少し弱めるだけに過ぎず、タバコの有害成分の除去にはまったく効いていません。

 禁煙を推奨する理由は、子どもの受動喫煙防止のほかにも二つあります。その一つは親自身の健康の問題です。喫煙する男性の2割近くが35歳から60歳までに肺がんや心筋梗塞などの喫煙関連疾患で死亡します。しかも、喫煙を始めた年齢が低いほど若年死する傾向があります。「タバコ遺児」という造語があるくらいで、親は子どもの養育責任を果たすまでは元気でいなければなりません。二つめは、親が喫煙者であると子どもも喫煙者になりやすいことです。子どもにとってタバコへの心理的な抵抗が少ないこと、親のタバコをちょいと失敬して最初の1本を吸ってしまう機会があること、などが原因です。子どもは大人に比べて短期間でニコチン依存症になりやすく、大人で5〜10年かかるところが子どもでは数週間〜数ヶ月でタバコをやめられなくなります。喫煙という最悪のライフスタイルを次世代に継承させないためには、自らがタバコと縁を切るのが最善の策です。

 喫煙を簡単にやめられないのは意志が弱いからではなく、脳神経がニコチン依存症という状態に冒されているためです。タバコを無理なくやめるには、ニコチンパッチの使用をお勧めします。ニコチンパッチを身体に貼ると、一定濃度のニコチンが体内に入って禁断症状を和らげます。徐々に低濃度のニコチンで満足するようになり、やがてタバコを完全にやめることができます。一部の医療機関では禁煙支援の保険診療を行っています(当クリニックは未登録です)。さらに大切なことは禁煙を支える人たちの存在です。家族の皆、とくに子どもは親御さんが禁煙することを心から喜んでくれるでしょう。禁煙マラソンという、禁煙を頑張って続けている仲間どうしの支え合いの場もあります。パソコンか携帯電話でホームページ http://kinen-marathon.jp/ にアクセスしてみてください。禁煙は家族に捧げる大きな愛情です。この機会にタバコをやめることを真剣に考えてみませんか。

追記(2010年12月6日)
さる11月27日、世界保健機構(WHO)は、受動喫煙による死亡者が世界全体で毎年60万人に達することを発表しました。そのうちの16万5千人を5歳未満の子どもが占めています。喫煙が原因で死亡する人は年間510万人であり、受動喫煙と合わせると毎年570万人がタバコのために命を落としていることになります。

追記(2012年3月18日)
タバコを “発がん性” で放射線量に換算すると、1日1箱の喫煙者は年間6400 mSv(ミリシーベルト)の被爆、受動喫煙者は年間100 mSvの被爆と同等です。
 

経口補水療法は「飲む点滴」(2008年10月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   急性胃腸炎は、消化管に病原体が侵入することで、吐いたり下痢をする病気です。消化管が未熟な乳幼児では、激しい下痢や嘔吐が続いた末に、体内から水分と塩分が失われて脱水に陥ることがよくあります。脱水をいかに防ぐかが、急性胃腸炎の治療のポイントです。ノロウイルスやロタウイルスが流行する時期に先がけて、脱水の防止法を学びましょう。

 嘔吐や下痢のときに、白湯(さゆ)やお茶を与える家庭が多いと思います。多くの場合はそれでも問題なく治りますが、脱水が進行する場合は、ナトリウムなど塩分(電解質)の補充が欠かせません。電解質の入った飲み物といえばスポーツドリンクですが、これはナトリウム濃度が低く糖分が多すぎる欠点があり、脱水の治療に向いていません。医学的に適切な経口補水液は、OS-1(オーエスワン)、アクアライトORS、アクアソリタです。薬局などで入手できますので、いざという時のために家庭に備えておくと便利でしょう。

 子どもが嘔吐を起こしたら、2〜4時間の休憩後に経口補水液を飲ませてみましょう。慌てずゆっくり少量ずつ与えることが大切です。嘔吐しているときでも、スポイトやスプーンやストローを用いて、ひと口5mlずつ5分おきに根気よく与えてください。しだいに調子が出てくれば、ひと口あたりの量を増やしましょう。経口補水液の至適量は「子どもが欲しがるだけ、いくらでも」です。おおよその目安は、1回の嘔吐または排便ごとに「体重あたり5〜10ml(10kgの子どもで50〜100ml)」です。しかし同じ飲み物だけでは飽きますので、嘔吐が止まり食欲が出てきたら、母乳や粉乳あるいは普段から食べ慣れたものを再開しましょう。下痢が続いても、食事を与えて構いません。長期間の絶食は、消化管の回復をかえって遅らせます。ただし、脂っこいものや味の濃いもの(ジュース、ケーキなど)は、回復するまでの間控えてください。

 経口補水療法は、1970年代に発展途上国で有効性と安全性が確認され、先進国に逆輸入された治療法です。最大の利点は、点滴などの特別な器具を必要としないこと。したがって、子どもは痛い思いをしなくて済みますし、家庭でも行うことができます。経口補水療法が日本であまり普及していない理由は、国民の間に根強く存在する「点滴信仰」のためか、あるいは医師の横着のためか(点滴の方が、細かい説明を省けるし、“何となく” 高級な治療法に見えるし…)。理由はともあれ、経口補水療法はもっと試みられていい治療法です。

 しかし、経口補水療法にも限界があります。まず、生後6ヶ月未満、体重8kg未満の赤ちゃんには適用できません。また、1) 経口補水療法を行っても嘔吐が止まらない場合、2) すでに中等度以上の脱水や低血糖に陥っている場合(ぐったりして動かず、目が落ちくぼみ、泣いても涙が出ず、尿があまり出ない)、3) 血便・激しい腹痛・高熱などを伴う場合(細菌性腸炎の可能性が高い)は、点滴による治療が必要です。子どもの状態が芳しくないときは、必ず医療機関を再受診してください。当クリニックは急性胃腸炎に対して、脱水の程度に見合った適正な治療法を選択することに努めています。
 

お腹がかぜを引いた時の食事(2009年8月7日掲載) 2010年05月12日(水)

   急性胃腸炎(お腹のかぜ)にかかって吐いたり下痢した時、どのような食事を与えますか。祖父母の言うこと、育児書に載っていること、医者の言うこと、それぞれ異なるために悩んだ経験をお持ちの親御さんは少なくないと思います。子どもの栄養状態は時代とともに向上しており、食事療法の内容も日進月歩で変わっています。今回のコラムでは、食事療法の変わらぬ基本と変わりつつある応用を解説しましょう。

 お腹のかぜは、しばしば嘔吐で始まります。胃に侵入した病原体を体外に出すための防御反応と考えれば、苦しい嘔吐も何とかやり過ごせるのではないでしょうか。数時間の嘔吐で脱水に至ることはまずありませんので、無理に止めるのではなく、ある程度吐かせてしまう方が早く楽になります。嘔吐が一段落したら(大抵は2〜4時間後)、少しずつ水分を与えてください。水分には乳幼児用イオン飲料(アクアライト、OS-1)が適します。スポーツドリンクは代替品としては不適です。詳細はコラム「嘔吐・下痢にまず経口補水療法」をご参照ください。吐き気止めの薬(ナウゼリン)は、吐き気が続いて水分の補給がうまく進まない時に用います。点滴は、吐き気が長引いて水分がまったく摂れない時に行います。ぐったりしている、顔色がよくない、尿量が極端に減っている(1日2回以下)などが目安です。暴れるほど元気な子どもを押さえつけてまで点滴をする必要は全くありません。

 お腹のかぜでは、嘔吐の後にしばしば下痢が続きます。胃から先に進んで腸に達した病原体を体外に出すための防御反応です。したがって、下痢も嘔吐と同じく無理に止めようとしてはいけません。最初の数日間は、善い細菌(ビフィズス菌など)を腸内に届ける整腸剤だけを用います。善い細菌が悪い病原体(ウイルスや細菌)を追い出してくれるんですね。下痢止めの薬は、下痢がひどい時や長引いている時に用います。

 下痢の時に悩むのが食事の進め方でしょう。昔は絶食が勧められていましたが、今は嘔吐がなくなれば下痢があっても、水分に続いて食事を早期に再開すべきとされています。下痢の最中に食事を与えると便の量は当然増えますが、栄養分を補給する方が傷んだ腸管はより早く回復します。もちろん何でも食べてよいというわけではなく、甘すぎるもの、脂っこいもの、繊維質が多いもの、牛乳などを避けた上で、普段から食べ慣れているものを少量ずつ与えましょう。昔とちょっと違うのは、繊維質の多い食品でも、リンゴ、トマト、豆類など、ペクチンを多く含むものは腸管からの水分吸収を促進するので、胃腸炎の時はむしろお勧めということです。リンゴのすりおろし汁は理にかなっているわけですね。母乳は消化・吸収がよく栄養分に富んでいるので、いつどれだけ飲ませても構いません。ミルクの場合、薄める必要はなく、量の制限も不要です。治療用ミルク(ラクトレス、ボンラクト)は、下痢が長引く時だけ用います。主食は、重湯、粥、米飯の順番が昔の標準でしたが、今は食べられるなら米飯で開始してもよいとされています。もちろん重湯や粥の重要性が失われたわけではなく、塩をひとつまみ入れれば米をベースにした経口補水液にもなります。こちらを好む子どもにはぜひ与えてください。下痢が治るにつれて(おおよそ数日から10日間)、食事の内容を徐々に元に戻していきましょう。イオン飲料は、お腹が治れば止めてください。
 

ワクチンで防げる病気(2008年9月7日 掲載) 2010年05月12日(水)

   わが国の小児医療は世界の中で最高水準を誇っていますが、ワクチンで防げる病気(VPD)の排除・制圧にかぎっては大きく遅れをとっています。先進国中、最低の水準です。ワクチンの普及を妨げる最大の要因は、「ワクチン=副作用が怖い」という思い込みでしょう。病気には自然にかかる方がよいという誤解、効果への疑問、接種に要する費用の高さ、わが国で接種可能なワクチンの種類の少なさ、なども要因にあげられます。ある調査では、7割を超える保護者が「任意接種は必ずしも受けなくてよい」と答えています。

 ワクチンの副反応はゼロではないので、保護者が不安を感じるのは当然です。しかし、重い病気やアレルギーを持たない生来健康な子どもに、重大な副作用が起こることは非常に稀です。その頻度は約100万人に1人と推定されています。過去にワクチンによる副作用と報道された事例の大半は、実際にはワクチンが原因とは特定されていません。ワクチンの安全性はきわめて高いと結論づけられます。

 ワクチンを接種せず、病気に自然にかかるとどうなるでしょう? たとえば、おたふくかぜは軽い病気と思われがちですが、約1000人に1人が難聴を起こします。治療薬はなく、回復は望めません。思春期以降の男性では4人に1人が睾丸炎を起こし、睾丸が腫れて耐えがたい激痛に襲われます。回復した後も不妊症の心配が残ります。病気に自然にかかるということは、数百倍ほど強力なワクチンを接種することと同じです。免疫は必ずつきますが、副作用(=病気の症状)も必ず現れます。

 ワクチンの効果は100%ではありません。おたふくかぜを再び例にあげると、ワクチンを接種しても20%弱の人はおたふくかぜにかかります。しかし症状は比較的軽く、重大な合併症を起こすことも稀です。また、多くの人がワクチンを受けると病気が流行せず、たとえ一部の人で免疫がつかなくても、その病気にかかることはなくなります。事実、2回の定期接種が定着している欧米では、おたふくかぜはすでに過去の病気です。接種率が30%に満たないわが国は、麻疹に続いておたふくかぜの輸出国としても非難される恐れがあります。

 数多ある感染症の中で、ワクチンで防げる病気(VPD)はごくわずかです。定期接種の麻疹/風疹(MR)、ジフテリア/百日咳/破傷風(DPT)、日本脳炎、ポリオ、結核(BCG)、および任意接種の水ぼうそう、おたふくかぜ、インフルエンザ、B型肝炎など、数えるほどしかありません。それだけにVPDのワクチンはしっかり接種したいものです。

 残念ながら、わが国の任意接種の費用は自己負担です。家計にとっては大きな重荷でしょう。しかし、ワクチンを接種しないでVPDにかかってしまったら? 通院に要する経済的・精神的負担は小さくありません。すんなり治ればともかく、運悪く重大な合併症を伴えば、負担はさらに増大します。費用対効果を考えると、ワクチンを接種する方が断然得です。

 わが国の予防接種制度のもう一つの欠陥は、受けられるワクチンの種類が少ないことです。世界100ヶ国以上ですでに実施されているヒブ・ワクチンは、わが国でも2007年1月にやっと認可されたものの、実施までになんと1年11ヶ月を要しました(2008年12月19日から接種できます)。ヒブの他にも、肺炎球菌、ロタウイルス、ヒトパピローマウイルスなど、諸外国ではすでにVPDに位置づけられる病気が、わが国では依然として放置されたままです(註;ヒトパピローマウイルスは2009年12月、肺炎球菌は2010年2月に、それぞれ接種可能になりました)。

 私共は、医師会や小児科医会を通じて、任意接種の費用の減免(あるいは定期接種化)と未認可ワクチンの早期承認を行政に働きかけています。「VPDを知って子どもを守ろうの会」のホームページ(http://www.know-vpd.jp/)も併せてご参照ください。
 

夜泣きの対処法(2005年10月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   夜泣きとは、赤ちゃんが夜間に目覚めて泣き止まない状態をいいます。睡眠のパターンが完成するまでの一時的な生理現象であり、生後7〜10ヶ月をピークに1歳半過ぎまでに自然に治りますが、養育者、とくに母親にとっては大変に悩ましい問題です。夜泣きへの具体的な対策を考えてみましょう。

 まず、原因がないかどうか探しましょう。のどが渇いた、おなかが空いた、おむつが濡れている、暑い、あるいは寒い、騒がしい、衣服がきつい、などにより赤ちゃんが困っていたら、それを取り除いてあげることが先決です。湿疹やアトピーでかゆい時、中耳炎や腸重積で痛い時にも容易に泣き止みませんが、このような病的状態では普段と違う泣き方をするので、区別はさほど難しくありません。昼間にニコニコとよく遊び食欲もあれば、健康状態は良好といえます。

 原因がわからない場合(これがほとんどです)、添い寝をする、背中をさする、抱っこする、乳首をくわえさせる、はっきり起こして散歩に出るなど、一人一人の赤ちゃんに合う方法を見つけて、再び眠りに就くまで付き合うしかありません。最も大切なことは、母親が穏やかな気持ちでいることです。「心ゆくまで泣いていいよ」「とことん付き合ってあげよう」と優しい気持ちで赤ちゃんに接して安心感を与えると、夜泣きは徐々に軽減します。反対に、母親が困惑したりイライラしながらあやしても、赤ちゃんに不安が伝わるだけで、夜泣きはますます激しくなります。夜泣きは必ず治ることを信じて、大らかな気持ちで向き合ってください。

 抱き癖が自立心の育成を阻むという意見もありますが、筆者はそうは考えません。抱っこの原点は胎児を包み込む子宮です。抱っこされた赤ちゃんは、子宮の中と同じような温かさと心地よい揺れに身を任せます。抱っこにより愛着関係は強化され、赤ちゃんにとっては心の中の母親像が確立し、母親にとっては母性の発達が促進します。この時期の赤ちゃんは、大いに抱っこしてあやしてあげてください。
夜泣きは生活環境の影響を強く受けます。昼間にスキンシップをとりながら十分に活動させる、夕方(15時以降)の昼寝を避ける、入浴や授乳など寝る前に必ず行う習慣を決める、毎日一定の時刻が来たら部屋を暗く静かにして寝付かせる、などは良い睡眠の原動力になります。一日の生活リズムに乱れはないか、親の夜型生活に赤ちゃんを巻き込んでいないか、今一度見直してみてください。

 夜泣きを母親一人で抱えるのは大変です。母親の負担を軽くするには、家族、とくに父親の支援が欠かせません。母親の訴えに耳を傾けて共感し、「よく頑張っているね」とねぎらい、二人交替で赤ちゃんに対応するなど、母親の気持ちと体調にゆとりを持たせる工夫が大切です。育児サークルで子育て仲間を見つける、保育所の一時あずかりを利用して自分一人の時間を作る、などもストレスを軽減するには良い方法でしょう。

 それでも赤ちゃんの夜泣きが激しく、両親が精神的負担に耐えられない場合、漢方薬で赤ちゃんの高ぶった神経をなだめる手立てがあります。とくに「甘麦大棗湯」は甘草、ナツメ、小麦の成分からなり、赤ちゃんにも飲みやすく安全です。母子ともに服用することで、いっそうの効果を見ることもあります。夜泣きでお困りの方はどうぞご相談ください。
 

子どもの薬の話(再び)(2007年9月3日 掲載) 2010年05月12日(水)

   前々回のコラム「細菌の逆襲」で、抗生物質を必要としない(あるいは効かない)場面にまで薬が安易に使われている実情と、その結果として耐性菌が猛烈な勢いで増えている危機的状況をお伝えしました。わが国の小児医療の一部において、抗生物質のほかにも薬の使い過ぎがしばしば目につきます。いくつかの実例を紹介して問題点を探ってみましょう。

 ある日、嘔吐と下痢を起こした子どもが来院しました。お腹をさわり聴診器を当てた上で通常の胃腸炎(おなかの風邪)と判断し、整腸剤と鎮吐剤を処方しました。お母さんは心配そうな表情で、「兄や姉が嘔吐したとき、他の医院では必ず点滴を入れてくれます。この子には点滴を入れなくても大丈夫ですか。脱水の心配はありませんか。抗生物質は要らないのですか」と質問されます。「脱水の徴候はないし、口から水分を少しずつ摂れているので、今のところ点滴の必要はありません。抗生物質はこの風邪には効きません」と答え、家庭での水分・食事の与え方と脱水症状の見分け方について詳しく説明しました。3日後にすっかり元気になったわが子を抱いて、お母さんは「点滴を入れなくても治るんですね」とにっこり笑顔を見せて下さいました。脱水がまだ軽度で水分を摂れていれば、わざわざ痛みをこらえてまで点滴をしなくても大丈夫。嘔吐=脱水=点滴と短絡的にとらえずに、点滴が本当に必要な状態かどうかを見きわめる技量が医師に求められます。抗生物質に至っては、通常のウイルス性胃腸炎には全く無益。下痢をかえって悪化させるだけで、「念のために」飲まされる子どもにとっては迷惑な話です。

 別の日、咳と鼻水が出ている子どもが来院しました。背中に小さなテープが貼られています。「これはどうしました?」と尋ねると、お母さんは「友達にもらった”咳止めシール”です。いつもはこれを貼るとすぐに咳が止まるんでけど …」とのお答え。咳止めシールの正式名はホクナリン・テープまたはセキナリン・テープ。喘息または気管支炎の治療に用いられます。通常の風邪の咳には効きません。効果が現れるまでに約4時間かかるため、貼り付けた直後には効きません。薬が効いたような錯覚を生じたのは、咳き込んだ拍子に気道を詰まらせていた痰が飛び出たためでしょう。「この薬は自己判断で貼らないでくださいね。下手に使うと心臓がドキドキしますよ」と説明したところ、お母さんは「薬の性質を初めて知りました。風邪には役に立たないんですね」と納得して下さいました。

 子どもの身体に生来備わっている防御機構や治癒機転が、薬や点滴の効果と勘違いされる例は、ほかにも数多くあります。抗生物質を飲んで熱が下がったように見えても、実は子ども自身の免疫反応で治った例(風邪の約8割は抗生物質が効かないし無くても治ります)。アレルギーの薬を飲んで咳が止まったように見えても、実はアレルギーではなく長引いていた風邪が自然に治った例(アレルギー疾患は過剰診断されがちです)。ほかにも、咳も鼻水も出ていないのに咳止め・鼻水止め。何の説明もないままにテオドールなどの喘息薬、あるいは経口ステロイド薬。子どもに使用が制限されているはずのいくつかの薬 …。わが国の小児医療では、薬が不適切に過剰使用される場面が多いと感じます。薬は病気を退治するための大切な武器であり、必要なときには強い薬も弱い薬もしっかり使わなければなりません。しかし一方で、薬は使い方を誤ると毒にもなります。「小児科医が処方する薬は、外科医が振るうメスに匹敵する」ことをたえず意識し、本当に必要な薬を選んで子どもに与えることを心がけたいと思います。病気に対する保護者の不安を取り除くために、薬をただバラまくのではなく、丁寧な診察と説明、その上に適切な投薬を行うことで、不安の解消と病気の治療につなげたいと考えています。皆様のご理解とご賛同をいただければ幸いです。
 

子どもの薬の話(2006年1月13日 掲載) 2010年05月12日(水)

   内科系(小児科、内科など)の治療の主役は「薬」です。病巣を切ることを最終的な解決手段とする外科系とは、この点が根本的に異なります。筆者は、研修医のときに先輩から「小児科医が処方する薬は外科医がふるうメスと同等の重みがある」と厳しく教わりました。今もその戒めを心して薬を決めています。筆者が子どもに薬を処方する際の方針は、「真に必要な薬をシンプルに」。あれもこれもと欲張りすぎると、量が増えて味が複雑化して飲みにくい上に、稀といえども薬物相互作用や副作用の心配が増します。今回のコラムでは、薬に関する疑問についてお答えしましょう。

1. いつ飲むか?
 薬の袋に「1日3回、食後」と記されていても、食後に限定する必要はありません。食前や食間でも大丈夫です。むしろ食後にこだわって服薬が抜けたり不規則になる方が問題です。起きている時間を三等分して、たとえば「朝8時、昼2時、夜8時」とか、幼稚園や学校で昼に飲めない場合は「朝、帰宅時、就寝前」にしてもいいでしょう。特別な飲み方が必要な薬は、その都度ご指導いたします。

2. 何に混ぜてもいいか?
 薬は水と共に飲むのが原則ですが、どうしても飲めない場合は、牛乳・アイスクリーム・チョコクリーム・ゼリー・メープルシロップ・ジャムなどに入れても構いません。溶かした薬をシャーベット状に冷やすのも良い方法です。注意点として、乳児にはハチミツを混ぜて与えないでください。乳児の主食であるミルクに混ぜると、飲み残したりミルク嫌いになる恐れがあります。混ぜてはいけない物がある薬は、その都度ご指導いたします。

3. 吐いたらどうするか?
 飲んだ直後に明らかに薬を吐いた場合は、同じ量をもう一度飲んでも構いません。5〜10分以上たってから吐いた場合は、追加して飲まない方が無難でしょう。

4. いつまで続けるか?
 最後まで飲むべき薬か、症状が軽快したらやめてよい薬か、処方時にご説明いたします。途中でやめてよい薬(解熱薬、鎮吐薬、整腸薬、感冒薬など)は、同じ症状が現れたときに再使用できます(抗生物質は不可です)。ただし「薬がまだ手元にあるから」といって受診が遅れぬようにご注意ください。病状が良くならないときは早めの再受診をお願いいたします。残薬の保存期間の大体の目安は、散剤3〜6ヶ月間(乾燥剤と共に缶に入れて室温で)、シロップ剤2〜3週間(冷蔵庫で)、坐剤1年間(冷蔵庫で)です。もしも散剤が湿気を吸ったりシロップ剤が混濁したら使わずに廃棄してください。

5. お薬手帳の用途は?
 お薬手帳は必ずご持参ください。@ 他院(他科)で処方された薬との重複や相互作用を避けるために必要です。A アレルギー歴や副作用歴を知ることができます。B これまでの投薬の内容が病気の診断に役立つ場合があります。
 

かぜと抗生物質(2006年2月27日 掲載) 2010年05月12日(水)

   急性上気道炎(いわゆる風邪)の多くは抗生物質を必要としません。今回のコラムでは「抗生物質の使いすぎは耐性菌を増加させる」「抗生物質はあらゆる風邪に効く万能薬ではない」「抗生物質の効く風邪をきちんと選別しなければならない」ことを解説します。

 抗生物質(正式名は抗菌薬)は細菌の生育を抑える薬として、これまで多くの人々の命を救ってきました。細菌感染症はやがて制圧され過去の病気になるだろうと期待されたものです。しかし近年、抗生物質の効かない耐性菌が続々と登場するに及んで、このような楽観論は完全に消し飛んでしまいました。たとえば、肺炎球菌の耐性化率は10年前には10%でしたが、現在は50~90%という驚くべき数値にはね上がっています。その結果、肺炎球菌による中耳炎や肺炎が治りにくくなったことを日々の診療で体験します。私たちが細菌感染症との戦いの中で学んだことは、抗生物質を使うと耐性菌が必ず現れるということです。従来は新しい抗生物質を作って耐性菌に対抗してきましたが、新薬の開発が限界に達しつつある現在、このようなイタチごっこを永遠に続けることは不可能です。

 耐性菌の出現率は抗生物質の使用状況と密接に関連します。風邪に対する抗生物質の適正使用が厳しく定められている欧米諸国では、耐性菌の出現率はごくわずかです。しかし明確な基準をこれまで持たなかった日本では、抗生物質の使用量の多さに比例して耐性菌も高率に検出されています。抗生物質の無意味な乱用は避けねばなりません。

 風邪の80~90%はウイルス感染です。冬のRS、春と秋のライノ、夏のエンテロが代表例です。ほかにもアデノ、パラインフルエンザ、コロナなど、多くのウイルスが風邪の原因となります。これらのウイルスに対して、抗生物質はまったく効きません。したがって、すべての風邪に一律に抗生物質を使うことは正しくありません。生体のもつ免疫能で自然に治る、抗生物質を必要としない風邪の方がずっと多いのです。筆者は子ども一人一人の病状をよく観察して、抗生物質が最初から必要な風邪(10~20%の細菌感染)かどうかを慎重に見きわめます。抗生物質が当面は不要と判断されたら、子どもの免疫能を尊重してそれを伸ばす治療を心がけます。しかし時には免疫能が力及ばずに風邪が長引き、細菌が後から割り込んで二次感染(中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎など)を続発する場合があり、これには抗生物質が必要です。最初から抗生物質を使っても二次感染は予防できないので、二次感染が心配なケース(免疫能が未成熟な赤ちゃん、全身状態の悪い子ども)では1~3日ごとに診察を繰り返し、抗生物質の追加に踏み切るタイミングを逃さないように努めます。これを専門用語で”wait and see approach”とよびます。

 抗生物質の使用法には議論の余地がまだまだあります。当クリニックの基本方針は日本外来小児科学会の”抗菌薬使用ガイドライン(2005年)”に準拠していますが、今後も医学の進歩に合わせて改良を重ね、より良い形に発展させたいと考えています。
 

アレルギー疾患の増加(2006年12月30日 掲載) 2010年05月12日(水)

   気管支喘息にかかっている幼稚園児や小中学生の割合が10年間で倍増し、過去最高を更新したことが、文部科学省の学校保健調査(平成18年度)で明らかにされました。喘息児の割合は、幼稚園2.4%、小学校3.8%、中学校3.0%、高校1.7%にのぼっています。また、今年度から調査項目に加えられたアトピー性皮膚炎の割合は、幼稚園3.8%、小学校3.6%、中学校2.8%、高校2.2%です。他の調査結果と合わせて見ると、アレルギー疾患すべて(花粉症や食物アレルギーも含めて)が増加していて、おおよその有病率は5〜15%と推測されます。当クリニックにおいても、これとほぼ同じ傾向が認められます。

 わが国でアレルギー疾患が増えている背景には、さまざまな理由が考えられています。最も代表的な要因は、@ 居住空間の変化[ダニやカビが繁殖しやすい密閉性の高い住宅]、A 食生活の変化[欧風化に伴う、卵白・乳製品・小麦・ナッツ類など、従来の和食にない食材の普及]、B 大気汚染[排気ガス、スギ花粉など]の三つです。さらに、C 幼児期に細菌にあまり接触しないで育つとアレルギー体質になりやすい!? という “衛生仮説” が提唱されています。真偽は今後の研究成果を待たねばなりませんが、現在注目を集めている仮説の一つです。

 アレルギー疾患は慢性の病気です。症状をコントロールして完治に導くまでには、それなりの長い時間と努力が求められます。たとえば気管支喘息に対して、薬物療法(内服薬・吸入薬など)と環境整備(防煙、ダニ・ほこり対策など)が治療の二本柱になり、さらに日頃から呼吸の良し悪しに注意を向ける必要があります。アトピー性皮膚炎に対しては、スキンケア(皮膚の保湿・保護)と薬物療法(主に外用薬)と環境整備(ダニ・ほこり対策など)が不可欠で、これに食物アレルギーを合併していれば除去食療法も加わります。いずれもライフスタイルに深く関わる問題ばかりで、患児および家族と医療側(医師および看護師)との間に良好な信頼関係が築かれなければ、治療は成り立ちません。医師にとって、アレルギー疾患を診断することは、そのあとに長く続く治療を共に進めていく責務を背負うことに繋がると考えています。

 アレルギー疾患に対する、当クリニックの基本姿勢を明記いたします。第一に、患児および家族に病気への理解を深めていただく必要があり、そのための説明を繰り返し行います。また、処方されている薬の名前、用量・用法、目的を機会あるたびにお話しいたします。第二に、精神的なバックアップを重視しています。病気や治療法への不安がありましたら、どうぞ何でもお気軽に御相談ください。第三に、小児科医として、患児の人格や成長を含めた全人的な診療を行います。アレルギーだけを切り出して治療するのではなく、患児の置かれた状況(家族、幼稚園・学校、日常生活、性格など)に配慮して、息の長い共同作業を行う気持ちで病気の治癒を目指します。第四に、日進月歩の発展を遂げているアレルギー治療の最新情報をにらみながら、患児にとって最良の治療法を選択してまいります。
 

ダニ対策をすべての家庭で(2007年3月1日 掲載) 2010年05月12日(水)

   アレルギー疾患にかかる子どもが増えています。原因の一つは室内で発生するハウスダストです。ハウスダストとは、家の中のダニ、カビ、毛、フケ、繊維など、ホコリの総称。中でもアレルギーに深く関わるものはダニです。ハウスダストに対して過敏性を有する人々のほぼ100%が、ヒョウヒダニの死骸やフンに反応します。ダニ退治こそが、ハウスダストによるアレルギー疾患(喘息、鼻炎、アトピー性皮膚炎)を解決するための基本です。

 ダニは室内で年中生息しています。気温20〜30℃、湿度60%以上がダニにとって繁殖しやすい環境です。1つがいのダニを高温多湿の環境に放つと、3ヶ月後には30万匹にまで増殖し、空気中に大量の死骸やフンを漂わせます。近年、エアコンの普及や建物の気密性の向上により、人にとってもダニにとっても快適な室内環境がもたらされました。増え過ぎてしまったダニを一掃するための対策を考えてみましょう。

 布団、カーペット、ソファ、カーテン、ぬいぐるみなどがダニの繁殖場所であり、これらを清掃することがダニの除去に有効です。しかし、忙しい日常生活の中であらゆる場所を完璧に片付けることは難しいと思います。そこで子どもが長い時間を過ごす場所から順々に、(1) 寝具(布団・ベッド)、(2) 寝室、(3) 居間 を優先的に清掃することを提案します。
 @ 寝具対策は、布団カバーを週1回以上丸洗いする、布団を週1回以上天日干しし(花粉の季節や梅雨時は布団乾燥機の代用も可)、取り込む前に布団をたたいてホコリを表面に浮かび上がらせ、取り込んだ後に掃除機で片面あたり40〜60秒間吸引する(専用ノズルあり)。以上を半年間続けるとダニの量が激減し、同時に喘息発作も著しく減少することが実証されています。さらに、経済的余裕があれば高密度繊維性の防ダニ布団カバーを使用する、枕の中身をプラスチック製にする、などが有効な手立てです。
 A 床はフローリングが理想的です。掃除の際に大切なことは、先に拭き掃除をしてから次に掃除機をかけることです。先に掃除機をかけるとダニが空気中に浮遊して、後から拭き掃除をしてもダニを効率よく取り除けません。カーペットや畳については、ダニが表面から中ほどにかけて活動しているため、吸引力の強い掃除機を用いて(あるいは隙き間ノズルをつけて)、いろいろな方向からゆっくり(1畳あたり40〜60秒間)動かすと、ダニを効率よく吸い取れます。床掃除は週2〜3回以上必要です。
 B 湿気対策は、部屋の換気です。晴れた日にはこまめに窓を開け、部屋の中に風を送り込みましょう。窓が開けられない季節には、エアコンのドライ運転や除湿器が有用です。
 C ぬいぐるみはできるだけ数を少なくし、3ヶ月に1回は洗濯します。ダニの餌をなくすことも大切です。ダニの好物は、人の毛やフケ、ペットの毛、菓子の食べこぼし、カビなどです。部屋やソファの隅々にまで掃除機をかけて、ダニの餌の供給を絶ちましょう。

 以上の対策は、アレルギー疾患を持つ人のいる家庭に限りません。現代の子どもたちにとって、将来的にダニに感作される可能性は十分にあります。生後早い時期からダニへの曝露を減らす努力は大切です。また、ダニ対策を施すと、ダニ・アレルギーを持たない喘息児の発作も減ることが知られています。おそらく、ダニ以外のカビ、雑菌など人体に悪影響を及ぼす因子が同時に取り除かれるからでしょう。ダニ退治は、アレルギー疾患の有無にかかわらず、すべての家庭において重要なことです。ぜひ今日から取り組んでみてください。
 

花粉症の対策(2008年1月20日 掲載) 2010年05月12日(水)

   今年も春季カタルが始まりました。今や国民の5〜10人に1人が悩まされているスギ・ヒノキ花粉症。この厄介な病気にどのように向き合えばよいでしょうか。

<アレルギーとは? 花粉症とは?>
 アレルギーとは、ある特定の物質に対して過敏に反応する現象です。アレルギーを起こす物質をアレルゲンとよびます。花粉症におけるアレルゲンの代表はスギ花粉です。スギ花粉症は日本人に特有で、近年かかる人が急増しています。増加の原因として、スギの植林政策、大気汚染、食生活や住宅環境の変化が挙げられます。スギ以外にも40〜50種類の植物による花粉症が知られています。ヒノキ、シラカバなどの樹木花粉、カモガヤ、ブタクサなどの雑草花粉が代表です。花粉症はアレルギー体質の人だけがかかるのではなく、元来健康な人でも毎年花粉を浴び続けているとかかることがあります。

<子どもの花粉症の実態は?>
 1980年代の調査では「4歳以下のスギ花粉症はいない」と報告されていました。ところが2002年の全国調査では、0〜2歳が0%、3〜5歳が5%、6〜9歳が10%、10〜12歳が12%、13〜15歳が15%の有病率でした。患者数が増加し、発症が低年齢化しています。

<花粉症の症状は?>
 主に目と鼻に現れます。目の症状としては、かゆみ、涙目、目やに。鼻の症状としては、くしゃみ、鼻水、鼻づまり。ただし、子ども(とくに幼児)は目や鼻の不快感を病気と認識できないので、自分から「調子が悪い」とはなかなか訴えません。様々な仕草に花粉症のサインが出ているので、親には見落とさない注意が必要です。具体的には、指で鼻をこする、鼻をほじる、顔をしかめる、いびきをかく、鼻血が出やすい、指で目をこする、しきりにまばたきする、などが特徴です。さらに、鼻や目の周囲の肌荒れや赤みも要注意です。

<予防対策は?>
 花粉との接触を絶つことが基本です。対策の第一は、晴れた風の強い日(とくに雨上がりの翌日)は外出を控えることです。しかし「今日は花粉が飛んでいるから学校を休みなさい」とは言えませんね。そこで、外出時はマスク、帽子、できれば眼鏡も着用する。しかし、これも子どもにとって容易ではありません。対策の第二は、室内への花粉の侵入を防ぐことです。外出から帰ってきて家に入る前に、服や頭に付着した花粉を十分に払い落とす。家に入ったらすぐに、洗顔(眼)、うがい、鼻かみを行う。以上を心がければ外出はオーケーです。さらに、窓の開閉に気をつける、布団や洗濯物を外に干さないか、外に干す時は取り込む際に花粉を十分に払い落とす。これらを家族ぐるみで協力して行えば予防効果を期待できます。

<薬による治療法は?>
 鼻炎には経口薬(飲みぐすり)と点鼻薬(鼻ぐすり)、結膜炎には点眼薬(目ぐすり)があります。各自の症状に合わせて薬を選択いたします。目のかゆみが強い子どもには、市販の人工涙液(ソフトサンティア、アイリスCL-1など)による洗眼をお勧めいたします。
 最近、花粉が飛散する1〜2週間前から薬を始める「初期療法」が注目されています。症状が悪化すると薬が効きにくくなるため、早いうちに薬を始めて症状が軽いままシーズンを乗り切ろうという算段です。毎年のように花粉症で辛い思いをする方にお勧めです。
 薬で治らない場合はレーザー治療なども考慮されます。
 

溶連菌って何!?(2008年11月4日 掲載) 2010年05月12日(水)

   溶連菌感染症は、子どもの咽風邪(のどかぜ)の約15〜20%を占める、“ありふれた” 病気の一つです。迅速検査法により約10分で診断でき、抗生物質により大多数は1日で解熱します。しかし、原因菌がよく判らず治療法が不十分であった前時代には、リウマチ熱や急性腎炎を続発する重い病気と考えられ、法定伝染病の指定にもとづき患者は隔離されていました。診断と治療が容易になり伝染病の扱いが格下げされた現在でも、保育園・幼稚園・学校などでは過剰に(異常に?)恐れられています。今回のコラムでは、溶連菌を正しく理解するための知識をお届けいたします。

 溶連菌感染症を疑うポイントは、その特徴的な症状です。発熱とのどの痛みが著しいわりに、咳や鼻水がほとんど出ません。皮膚の赤いボツボツ(発疹)、頸のグリグリ(リンパ節腫脹)、赤く腫れた舌(イチゴ舌)、吐き気などを伴うこともあります。咽の赤みは非常に強く、慣れた医師が見れば一目で溶連菌と判断できます。咽の赤みが明瞭でないこともたまにあり、その場合は綿棒でのどをこすって溶連菌の有無を確かめます。結果が出るまでに昔は約2日を要しましたが、今の検査法ではわずか10分です。便利になったものです。溶連菌の流行は晩秋から翌年の初夏にかけて多く、真夏から早秋にかけて少なくなります。年齢層は3〜13歳児に多く、その上下でかかることは比較的まれです。年がら年中、乳児から大人まで皆、溶連菌にかかるという話を某所で聞きますが、医学的には甚だ疑問です。

 溶連菌による咽風邪の多くは6日以内に自然治癒します。それでも抗生物質を用いて治療する理由は、咽風邪の症状を早く治し、他人への感染を防ぎ、万一の合併症を抑えるためです。溶連菌感染症の合併症で最も怖いのはリウマチ熱です。リウマチ熱は開発途上国ではまだまだ見かけますが、溶連菌を適切に治療している国々では0.02%以下の発症率に過ぎず、日本でも今やほとんど見られない病気です。筆者も過去20年間、新規の発症例に遭遇していません。溶連菌感染症を正しく診断し治療することは依然として重要ですが、リウマチ熱も急性腎炎も激減した今、溶連菌を過度に恐れる必要はないと思います。とくに2歳以下の子どもではリウマチ熱の発症が非常に少ないため、治療せずに免疫をつける方がよいとの意見もあるくらいで(筆者はそこまで大胆に割り切れませんが …)、治療を行うにしても通常の半分の5日程度の抗生物質で十分です。大人に関しても同様です。

 適切な治療を行えば、ほとんどの場合は24時間以内に症状が消え、他人への伝染力を失い、登園・登校が可能になります。2日目になっても熱が下がらない場合は、溶連菌以外の感染症(主にウイルス性)を併発している可能性があるため、登園・登校せずにクリニックを再受診してください。また、溶連菌は治療終了後に再発することが時々あります。この場合は抗生物質を変更して再治療するほか、家族内保菌者の検索などもあわせて行います。
 
 咽風邪の中で、溶連菌以外の約80〜85%はウイルス感染症であり、抗生物質がなくても身体の抵抗力(免疫反応)で治ります。「のどがちょっと赤い」という理由だけで安易に抗生物質を乱用することは、薬剤耐性菌の増加と重症感染症(中耳炎、肺炎、髄膜炎など)の難治化につながります。われわれ医師は、抗生物質の適正使用を厳に心がけねばなりません。
 

ヒブワクチンのすすめ(2007年5月15日 掲載) 2010年05月12日(水)

   インフルエンザ菌b型は、細菌性髄膜炎を起こす力を持つ細菌です。冬季に流行するインフルエンザ・ウイルスとは全く別の病原体で、両者の混同を避けるためにHib(ヒブ)と略称されます。今回のコラムでは、Hibによる髄膜炎の実態とHibを防ぐためのワクチンについて解説いたします。

 子どもがかかる感染症の中で最も怖いのが「細菌性髄膜炎」です。咽頭(のど)や鼻腔に潜む細菌が血液に侵入し、血液脳関門とよばれるバリアを破り、脳神経を冒す病気です。日本では毎年1000人近くの子どもが細菌性髄膜炎にかかり、その原因菌の6割をHibが占めます。つまり毎年600人の子どもがHib髄膜炎にかかっている計算です。5歳未満人口10万人あたり8〜9人の罹患率です。特に0〜1歳児でHib髄膜炎の70%を占めます。

 Hib髄膜炎は早期診断が難しい病気です。発熱と嘔吐で発症しますが、初日から髄膜炎の特徴が現れる症例は20%に過ぎず、そのため風邪や胃腸炎と区別がつきにくく、診断が遅れることが多々あります。その上、Hib髄膜炎は治療がしばしば難しい病気です。抗生物質の乱用により薬剤耐性化が進行しているためで、Hibの50%以上にペニシリン系の薬剤が効きません。医学の進歩した現代でも、Hib髄膜炎にかかった子どもの5%が命を落とし、25%が重い後遺症(精神遅滞、てんかん、難聴など)に苦しんでいます。

 以上のようにHib髄膜炎は大変に怖い病気ですが、ワクチンを接種すればほぼ100%これを予防できます。Hibワクチンは1980年代後半から海外で使われ始め、現在では100ヶ国以上で使用され、94ヶ国で乳幼児の定期接種に組み込まれています。その結果、Hib髄膜炎の罹患率は1/100以下に激減し、世界的に見れば過去の病気になりつつあります。ワクチンの効果と安全性はすでに十分に実証されています。「予防にまさる医療なし」の考え方を改めて強調したいと思います。
日本でもようやく2008年12月19日からHibワクチンの接種が開始されます。接種のスケジュールは次の通りです。
(1)生後2ヶ月〜7ヶ月未満;4〜8週間隔で3回(三種混合ワクチンとの同時接種が可能で、この場合は3〜8週間隔も可)、1年後に1回、計4回
(2) 生後7ヶ月〜1歳未満;4〜8週間隔で2回(三種混合ワクチンとの同時接種が可能で、この場合は3〜8週間隔も可)、1年後に1回、計3回
(3) 1歳〜5歳未満;1回のみ(3歳を超えるとHibに対する免疫力が徐々に増し、5歳を超えるとワクチンは不要とされています)

 ワクチンの主な副反応は、接種部位の発赤・熱感・腫脹、発熱などで、三種混合ワクチンと同等です。重大な副反応(アナフィラキシーショックなど)はきわめて稀です。

 日本におけるHibワクチンの扱いは、定期接種(公費で受けられ、万一の健康被害も国が補償する)ではなく、任意接種(希望者のみ。自費。健康被害への補償額も少ない)です。ワクチンの価格は1回あたり7000円前後です。子どもの健康はお金には代えられませんが、若い子育て世代には大きな負担になると思います。私たち大和市小児科医会は、大和市長に接種費用の公的補助を訴えています。また、国(厚生労働省)に対しては、定期接種(すでに世界では常識!)に一刻も早く格上げするように働きかけてまいります。
 

夏の健康管理(2008年6月11日 掲載) 2010年05月12日(水)

   夏かぜの季節が始まりました。不思議なことに、夏かぜという言葉はあっても、冬かぜという言葉は聞きません。夏かぜには「暑い季節にかぜをひくなんて」とか「まあたいしたことはなかろう」というニュアンスが込められているような気がします。しかし夏かぜといえどもまれに重症化することがあり、決して油断はできません。また、夏かぜばかりでなく、食中毒や皮膚の病気や不慮の事故など、夏には子どもの健康をそこなう要因が数多く潜んでいます。夏は子どもの健康管理において重要な季節です。

 夏かぜを起こす主な病原体は、エンテロウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス、アデノウイルスです。これらのウイルスが起こす代表的な病気をあげてみましょう。
 [1] ヘルパンギーナ
   原因はコクサッキーウイルスやエコーウイルスです。発熱と口の中の水疱が特徴です。水疱のために口の中が痛くなり食欲が落ちます。数日以内に治ります。
 [2] 手足口病
   原因はコクサッキーウイルスやエンテロウイルスです。手のひら、足の裏、口の中などに水疱が現れます。発熱を伴うケースは三分の一です。数日以内に治ります。
 [3] 咽頭結膜熱
   原因はアデノウイルスです。高熱と目・のどの発赤が特徴です。熱は約3〜7日続いた後、自然に下がります。プールでうつされやすいのでプール熱ともいいます。
 以上の病気に共通する特徴は、飛沫感染または接触感染でうつること、咳や鼻水はほとんど出ないこと、抗生物質が効かないこと、数日の経過で自然に治ること、熱のわりには元気が保たれること、しかしきわめてまれに脳炎・心筋炎・重症肺炎などを続発することです。したがって、元気がまったくなく動こうともしないとか、とろとろ寝てばかりで起こしても起きないとか、いつもと違って変だ!と感じられたら早めの受診をお願いいたします。

 夏は食中毒の季節でもあります。注意しなければならない食材は、牛肉(とくに挽き肉)、鶏肉、卵、生魚などです。これらを調理した包丁やまな板も要注意で、危ないと感じたら加熱滅菌しましょう。さらに、調理する手指をよく洗うこと(傷があるときはとくに注意)、加熱した食物をとること、加熱後は内部まで十分に冷却してから冷蔵庫に保管すること、しかし貯蔵はなるべくしないこと、などが食中毒を防止するための工夫です。

 夏には皮膚の病気が増えます。中でも伝染性膿痂疹(とびひ)が目立ちます。あせもや虫さされで掻き傷を作りやすい上に、高温多湿で菌が増殖しやすいためです。日頃から肌の清潔を保つことでとびひを防ぎましょう。

 夏に多い事故として、熱中症、溺水、怪我があげられます。それぞれの防止法は別稿に譲りますが、暑い屋外で遊ぶときは適度の休憩と水分・塩分の補給を心がけること、また川や海で遊ぶときは監視を怠らないことを、保護者の方々にお願い申し上げます。わが国における1〜14歳の死因の第一位が事故であり、夏はその発生件数が大幅に増えると思われます。
 

抗生物質の適正使用を(2007年6月4日 掲載) 2010年05月12日(水)

   AERA(アエラ)の最新号(6月4日)に「子どもに薬が効かない」と題する記事が載っています。「抗生物質の乱用が耐性菌を増やす。耐性菌に感染すると病気が治りにくく危険である」という内容です。抗生物質は本来、細菌から身を守ってくれる特効薬のはず。いったい何が起こっているのか、検証してみましょう。

 耐性菌とは、抗生物質が効かない細菌のことです。抗生物質を安易に漫然と使い続けると、体内で大多数を占める感受性菌が淘汰され、少数の耐性菌だけが生き残ります。これを繰り返しているうちに、生き残った耐性菌ばかりが増殖し多数派に転じます。その結果、抗生物質の効きにくい身体になってしまうわけです。

 耐性菌は10年ほど前から急速に増えています。特に日本において、その傾向が顕著です。子どもの呼吸器感染症の二大原因菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌(Hib。冬に流行するインフルエンザとは別物)では、すでに耐性菌が感受性菌を大幅に上回っています。しかも、耐性菌の比率は年々増加する一方です。当クリニックの日常診療でも、抗生物質の効きにくい中耳炎や気管支炎・肺炎をしばしば経験します。

 抗生物質の使用量と耐性菌の間には、明確な相関関係があります。欧米諸国では、抗生物質の使用抑制策を国が打ち出して(一部では法規制まで設けて)、乱用を禁止しています。その結果、耐性菌はまだ深刻な問題と化していません。しかし日本にはそのような規制がなく、抗生物質は垂れ流し状態で使われています。日本は世界の中でも飛び抜けて抗生物質の使用量が多い国です。

 抗生物質が多用される背景には、日本人の根強い「薬物信仰」があります。数年前の外来小児科学会のアンケート調査で、「風邪に必ず抗生物質を出す」と回答した医師が37%もいました。「ちょっと心配だから」「一応」「取りあえず」などの安直な理由で、あるいは「熱があるのに抗生物質を出してくれなかった」という評判を気にして、抗生物質がいとも簡単に処方されます。しかし風邪の原因の80〜90%はウイルス感染です。そもそもウイルスは、抗生物質が効かない代わりに、体内の免疫の働きで自然に排除されます。抗生物質のおかげで熱が下がったように見えても、実は何の役にも立っておらず、耐性菌の下地を作ったに過ぎません。風邪の中で抗生物質を必要とする細菌感染症は10〜20%です。

 いかにして抗生物質を必要とする病気を見分けるか!? これこそ医師の腕前が問われる場面でしょう。丁寧な問診と診察、必要に応じた検査、そして慎重な経過観察。この三つがそろって初めて、抗生物質の適正使用が可能になります。抗生物質の対象となる呼吸器感染症は、風邪のごく一部、風邪以外の中耳炎・肺炎・副鼻腔炎などです。そしていったん使うと決めたら、用法と用量を守って最後まで飲み切ることが大切です。

 耐性菌は個人レベルにとどまらず、子ども社会全体の問題でもあります。保育園や乳幼児教室など低年齢層の集団で、耐性菌をかかえている子どもが風邪をひくと、それが抵抗力のまだ乏しい他の子どもたちに次々と感染します。日ごろ抗生物質を飲んでいないのに、いきなり耐性菌による肺炎にかかった!という事態も起こり得ます。
抗生物質の安易な使用のツケが今、子どもたちの身に回ってきています。われわれは抗生物質の適正使用を強く心がけて、細菌の逆襲をかわさなければなりません。
 

新規のワクチン二種(2010年1月13日 掲載) 2010年05月12日(水)

  [1] 肺炎球菌ワクチン [ワクチン名;プレベナー]
 肺炎球菌とヘモフィルス菌(ヒブ)は、細菌性髄膜炎を起こす病原菌です。髄膜とは脳を包み込む膜です。頭蓋骨と脳の間にあり脳を守るクッションの役割を果たしています。髄膜炎とは、この髄膜に病原体が侵入して起こる病気です。脳と隣り合った場所にあるために、脳にもしばしば深刻な打撃を与えます。わが国では年間に約1000人の小児が細菌性髄膜炎にかかり、5〜10%が死亡し、20〜30%がけいれんや難聴などの重い後遺症を残します。
 肺炎球菌もヒブも身近にいるありふれた菌です。通常は、鼻の奥(鼻咽腔)に侵入した後、おとなしく定着して大きな問題を起こしません。この状態を「保菌」といいます。集団保育に入っている0〜3歳児の約80〜100%が、肺炎球菌とヘモフィルス菌(ヒブ)を保菌しています。おとなしく潜んでいた菌が、何らかのきっかけで鼻咽腔から血液に侵入し、さらに髄膜を侵して髄膜炎を起こすことがあります。小児の誰もが細菌性髄膜炎に罹患する危険性をかかえています。
 肺炎球菌とヘモフィスル菌(ヒブ)に対するワクチンはすでに実用化され、世界各国で絶大な効果をあげています。ヒブワクチンは1990年代に導入され、現在100ヶ国以上で定期接種に組み込まれています。肺炎球菌ワクチンは2000年に導入され、現在41ヶ国で定期接種に組み込まれています。これらの国では、肺炎球菌やヘモフィルス菌(ヒブ)による細菌性髄膜炎はほとんど見られません。すでに過去の病気と化しています。「ワクチン貧国」と揶揄されている日本は、世界に遅れること約20年、一昨年の12月にヒブワクチンが導入され、今年3月頃に肺炎球菌ワクチンが導入される見通しです。残念ながら、定期接種ではなく任意接種の扱いです。しかし自費負担であっても接種を強くお勧めしたいワクチンです。対象は9歳未満の小児ですが、特に2歳未満の乳幼児に必要とされています。
 肺炎球菌ワクチンの効果につきましては、次号のコラムでさらに詳しくお伝えいたします。

[2] ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン [ワクチン名;サーバリックス]
 ワクチンは感染症を予防するばかりでなく、癌(がん)の発症防止にも役立っています。ここに紹介するHPVワクチンは、女性の子宮頸癌を予防するワクチンです。
 子宮頸癌は女性特有の癌として乳癌に次いで多く、日本では毎年約15,000人が発症し、約3,500人が死亡しています。特に若い世代(20〜40歳)に起こりやすい癌です。子宮頸癌は検診で早期発見が可能ですが、日本における受診率が24%と先進国中で最低のため、いまだ根絶には程遠い状態です。
 子宮頸癌はヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって起こります。HPV自体はごくありふれたウイルスですが、感染者の千分の一が子宮頸癌に進行します。セクシャルデビュー前の子どもにHPVワクチンを接種することにより、子宮頸癌の発生および死亡が約70%減少します。すでに性交経験のある15〜45歳の女性に対しても、ワクチンの効果が期待できます。発症を防止できない残り30%は、定期検診によって早期発見・治療が可能です。HPVワクチンは2006年に初めて認可され、現在、世界100ヶ国以上で使用されています。米国、カナダ、EU諸国、豪州では公費負担でワクチンを接種できます。その効果と安全性は実証済みです。「ワクチンと検診」が子宮頸癌予防のスタンダードになっています。欧米に大きく出遅れましたが、日本でも昨年12月にようやく導入されました。対象は10歳以上の女性です。残念ながらこちらも任意接種の扱いですが、子宮頸癌は女性であれば誰もが罹患する可能性があるので、自費負担であっても接種を強くお勧めしたいワクチンです。
 

急増する百日咳(2008年7月6日 掲載) 2010年05月12日(水)

   百日咳は、主に乳幼児の間で流行する呼吸器感染症です。1歳未満の乳児が百日咳にかかると生命に危険が及ぶため、古来よりワクチンによる制圧が進められてきました。現在、三種混合ワクチン(ジフテリア・破傷風・百日咳 = DTaP)の接種率は95%を超え、百日咳にかかる乳幼児の数は激減しています。ところが、数年前から成人の間で百日咳の報告が増え始め、乳幼児への影響が懸念される事態に陥っています。昨年、四国の2大学で百日咳の流行的多発がみられたことは、皆様のご記憶にもあることと思います。

 なぜ成人の百日咳が増えているのでしょうか。百日咳に対するワクチンの免疫効果は5〜10年で減衰します。そのため、成人になると百日咳にかかりやすくなる人がいます。さらに「成人も百日咳にかかることがある」という認識が世の中に広まり、これまで見逃されていたケースが正しく診断されるようになりました。百日咳は決して過去の病気ではありません。

 海外でも1990年代から、成人における百日咳の増加が問題になっていました。そのため、米国、カナダ、フランス、ドイツなどは、10代の青年に対する改良型・三種混合ワクチンの追加接種を数年前から実施しています。しかし日本は、百日咳を除いた二種混合ワクチン(ジフテリア・破傷風)を11〜12歳時に追加接種する、従来の方式にとどまっています。百日咳ワクチンが除かれる理由は、現行のワクチン0.5mlを青年や成人に接種すると、注射部位の発赤や腫脹などの副反応が強く現れやすいことです。第二の理由は、成人が百日咳にかかっても自身の生命が脅かされる危険性はきわめて低いからです。

 上記の欧米諸国では、百日咳ワクチンの副反応を減じた改良型ワクチン(Tdap)が開発され使用されています。しかし日本では今のところ、Tdapの製造も輸入も予定されていません。おそらく今後も早急な対応はなされないだろうと悲観しています。

 成人の百日咳が重症化しなくても、それをうつされた乳幼児は大変です。特にワクチン未接種の子どもが百日咳にかかると、顔を真っ赤にして「コンコンコンコン」と立て続けに咳き込み(スタッカートと称します)、その後に「ヒューッ」と音をたてて息を吸い込む動作をします(ウープと称します)。激しい咳き込みのために顔はむくみ、点状出血斑が顔や上半身に現れます。無呼吸発作を起こして命を落とすケースもあります。肺炎や脳症の合併例もときに見られます。百日咳は乳幼児にとって恐ろしい病気です。昨年の米国小児感染症学会誌によりますと、乳幼児の百日咳の感染源の70%は両親や親戚など身内の成人です。成人の予防措置と発症したときの早期診断・治療は緊急の課題といえます。

 成人の百日咳は、乳幼児ほど重くならず、典型的なスタッカートやウープはほとんど生じません。熱も出ません。血液検査を行っても、かかっているかどうか曖昧なケースさえあります。百日咳を疑う手がかりは、2週間以上の長引く咳に加えて、突然の激しい咳き込み、咳き込みによる嘔気・嘔吐などです。元気があるからと言って咳を長らく放置せずに、必ず医療機関を受診しましょう。特に子どもと接する機会の多い方は、ご自身の健康だけでなく子どもの健康にも留意すること、つまり「感染源にならない」配慮が強く求められます。
 

かぜの撃退法(2008年1月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   インフルエンザや風邪が流行しています。目に見えないこれらの病原体は、どのようにして人から人にうつるのでしょうか。その仕組みを紹介することで、病原体からわが身やわが子を守り、病原体を他人にうつさない方法を、皆様に知っていただきたいと思います。

 インフルエンザや風邪の感染経路は二通りあります。一つは咳やくしゃみによる「飛沫感染」です。飛沫とは、鼻や口から飛び出す細かい水滴のこと。風邪をひいている人の飛沫の中には、病原体が多量に含まれています。咳やくしゃみ、あるいは会話の際に飛沫を浴びると、病原体も一緒に飛び込んできます。もう一つは「接触感染」です。風邪をひいている人が鼻や口をいじると、病原体が手に乗り移ります。その手に触れられた物は、病原体で汚染されます。汚染された物体に触れた手で目をこすったり鼻や口をさわると、病原体が体内に侵入します。感染経路にはもう一つ「空気感染」があります。これは病原体が空気に乗って伝播する様式で、飛沫を直接浴びなくても空気を吸うだけで感染します。ただし、空気感染する病原体は、麻疹(はしか)、水痘(水ぼうそう)、結核に限られます。飛沫感染と空気感染は混同されがちですが、実態はまったく別物です。インフルエンザや風邪は空気感染しないので、同じ部屋にいるだけでうつされる危険はありません。

 では、飛沫感染を防ぐにはどうすればいいでしょうか。飛沫はせいぜい1メートルしか飛ばないので、風邪をひいている人と接する時に、お互いがマスクを着けて1〜2メートルの距離を保っていれば、病原体のやり取りはまず起こりません。マスクは飛沫の拡散を防ぎ、飛沫の侵入を防ぐのに役立ちます。さらに、呼吸する空気の湿度と温度を高めることで、鼻やのどの粘膜を保護する作用もあります。風邪をひきたくない人にも、すでにひいてしまった人にも、マスクは便利な小道具です。咳やくしゃみをしているわが子をお連れの際には、マスクの着用をぜひお勧めします。残念ながら、世の中のすべての人が感染防止策を心得ているわけではないので、外出時は人ごみをできるだけ避ける方が無難です。

 次に、接触感染を防ぐ方法はどうでしょうか。さまざまな物に付着した病原体は、数時間は生きていて感染力を有します。手が病原体の ”運び屋” になるわけですから、外出時にあれこれ触って汚染された後の手洗いは非常に重要です。手をやたらに目、鼻、口にもっていかない習慣付けも大切で、マスクの着用はこの点でも役に立ちます。風邪をひいてしまった人は、咳やくしゃみを押えた手や鼻をかんだあとの手(病原体がたくさん付いています!)をよく洗いましょう。待合室で椅子や床、絵本やおもちゃなどを汚してしまったら、消毒いたしますのでスタッフに声をおかけください。

 さらに基本的な防御策は体調管理です。バランスのよい食事をとり、湯冷めや寝冷えを避け、十分な睡眠時間を確保することで、病原体に付け入る隙を与えない身体を作りましょう。インフルエンザに関しては、ワクチンによる予防も可能です。あの手この手を駆使して病原体を撃退し、インフルエンザや風邪の流行期を無事に乗り切りたいですね。
 

麻疹の根絶は間近い(2010年3月14日掲載) 2010年05月12日(水)

   厚生労働省は3月10日、昨年1年間の麻疹患者数が741人だったと発表しました。麻疹による死亡者は1人もいませんでした。わが国の歴史上、年間の患者数が1000人を下回った記録はなく、死亡者が1人もいなかったことと合わせて、まさしく史上初の快挙でした。ほんの10年ほど前に、年間20〜30万人が罹患し、100人以上が死亡していたことを考えると、驚くべき進歩です。当クリニックにおいても、22ヶ月間連続して、麻疹にかかった子どもを診ていません。麻疹の根絶の日がいよいよ近づいて来たことを実感します。 

 麻疹はただの風邪とは違います。医学の進歩した現代でも、約1000人に1人が死亡する重い病気です。私の経験を申しますと、医師研修の開始後に亜急性硬化性全脳炎(SSPE)にかかって亡くなった子を担当し、大きなショックを受けました。SSPEは麻疹が治ったのち数年たってから発病し、神経症状が徐々に進行してやがて死に至る難病です。約10万人に1〜2人の割合で起こります。いまだ有効な予防法も治療法も存在しません。その後も、麻疹に合併する急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や急性脳炎により、幼い生命を失ったり重い後遺症に苦しんだりする子どもたちを診てきました。麻疹の怖さは十分に認識しています。

 麻疹患者数が昨今著しく減少した理由は、大多数の方々が予防接種をきちんと受けていることにあります。今から10年前、わが国の麻疹ワクチンの接種率は80%台にとどまっていました。この数値では麻疹の流行を止めることができません。その後、関係者の努力により接種率は向上しつつあります。ワクチン接種率が95%を超えると、その病気の発生はほぼゼロに抑えられます。麻疹の発生が人口100万人当たり1人を下回ると、麻疹がその国から排除されたことになります。現在の全国平均は5.8人です(秋田、高知、熊本、石川の4県は1人未満を達成しました)。麻疹の根絶までもう一歩です。ちなみに、ヨーロッパ諸国、南北アメリカ諸国、それに隣の韓国などでは、すでに麻疹が排除されています。わが国は「麻疹の輸出国」と諸外国から非難されていますが、ようやく汚名返上のチャンスが訪れました。

 麻疹ワクチンは、一回の接種では十分に効かない場合があります。二回接種すれば、ほぼ完璧な効果を期待できます。わが国では世界に遅れること約10年、さる2006年にようやく二回接種が開始されました。1歳児と5〜6歳児(年長組)が公費接種の対象ですが、2013年3月までの時限措置として中学1年生と高校3年生も公費接種の対象です。今年度は新型インフルエンザの影響もあって、接種率がかなり低迷しています。接種をまだ済ませていない対象年齢の方々は、あと半月のうちに必ず接種を受けてください。

 予防接種には二つの目的があります。個人防衛と社会防衛です。麻疹患者の約40%は1歳未満児です。この事実が何を意味するか、お分かりでしょうか。麻疹にかかった人は、自分が苦しむだけでなく、麻疹を周囲にまき散らしています。麻疹の感染力は強大です。インフルエンザの比ではありません。その被害者の約半数が、予防接種の機会をまだ与えられていない、弱者たる1歳未満児というのは、何ともやりきれません。麻疹ワクチンを接種する目的は、自分自身を麻疹から守るだけでなく、他人に麻疹をうつさない(他人をも守る)ことです。この機会にぜひ、他人と社会への思いやりを再確認していただければと思います。
 

おしゃぶりは必要か?(2005年11月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   おしゃぶりの使用の是非について、日本小児科学会の公式見解が6月に発表されました。結論(勧告)の要旨を引用しますと …
「おしゃぶりは使用しない方がよいが、もし使用するなら歯の噛み合わせの異常などを防ぐために、以下の点に留意する。
 @ 言葉を覚える1歳を過ぎたら、おしゃぶりを常時使用しない
 A 遅くとも2歳半までに使用を完全に中止する
B 使用中も声掛けや遊びなど、子どもとの触れ合いを大切にする。子育ての手抜きとしての便利性だけで使用しない
C 4歳以降になってもおしゃぶりが取れない場合は、小児科医に相談する」

 おしゃぶりは、家事で忙しい母親にはとても便利な道具です。利点として、簡単に泣き止む、スムーズに眠りに入る、母親の子育てのストレスが減る(居住環境によっては不可欠!?)、胃酸の逆流が減る、腹臥位で寝にくい、などがあげられます。ただし、おしゃぶりの宣伝文句に謳われている「鼻呼吸や舌・顎の発達を促す」は、現時点では学問的に実証されていません。

 一方、おしゃぶりの欠点も多々あります。とくに、歯列・噛み合わせの異常と情緒面の弊害が重大です。おしゃぶりを使用すると、開咬(奥歯を噛んでも前歯が噛み合わない)と上顎前突(いわゆる出っ歯)の発症率が高くなります。これらは、おしゃぶりを2歳頃までに止めれば改善しますが、2〜3歳以降も続けていると治りにくくなります。情緒面では、泣いている理由を考えずに使用する(子どもの欲求が分からない)、あやしたり声掛けしなくなる、子どもの発声や発語の機会を奪う、子どもが手指や物を口に入れて遊べない(協調運動の発達を妨げる)などが問題です。ほかに、中耳炎や口腔カンジダ症にかかりやすい、母乳哺育が中止されやすい、なども欠点としてあげられます。

 結論として、おしゃぶりには利点よりも欠点の方がやや多いようです。おしゃぶりをできるだけ使用しない、やむを得ない場合は必要なときだけ使用して早期の終了を目指す、習慣化はしない、などの配慮が必要です。当クリニックでも、よりよい子育てを支援したいと願っています。どうぞお気軽にご相談ください。
 

三歳までに良い生活習慣をつけよう(2004年8月13日掲載) 2010年05月12日(水)

   幼児期(3〜4歳まで)は、子が親から生活習慣の基本を学びとる大切な時期です。ここで形成された食習慣や運動習慣は、そのまま学童期、思春期を経て成人期に持ち越されます。しかし、子どもを取り巻く環境を見渡しますと、過保護、飽食・偏食、運動不足、精神的ストレスなど負の要因が横溢し、これらが及ぼす悪影響を憂慮せずにはいられません。いったん身に付いた悪習を後々に是正するのは容易ではなく、幼児期こそ、親は自分の身体だけでなく子の生活に強い関心を持つことが求められます。

 生活習慣の形成にとって好ましくない事例を幾つかあげてみましょう;(1) 親の夜型の生活に付き合わせていませんか? → 就寝も起床も遅くなり、朝食をとれない一日二食のリズムが作られます。幼稚園や学校に通うときに、これが災いの種になることがあります。(2) 子どもの求めるままに間食を与えていませんか? → おやつを食べ過ぎて食事をとれず栄養バランスが偏ったり、おやつも食事もとることでカロリー過多になり肥満を生じる危険があります。また、物事を我慢できない、耐性の乏しい子どもになりがちです。(3) 子守りをビデオやゲームに任せっ放しにしていませんか? → 自分で工夫して遊ぶ才能やコミュニケーションの能力が伸びず、運動不足や視力低下の原因にもなります。子どもは元々遊びの天才なのですから、屋外に出て遊ぶ機会を与えてあげねばなりません。

 生活習慣病としての糖尿病、高血圧、高脂血症などの原因は、遠くさかのぼって幼児期の生活習慣に存在します。ある研究調査では、上記の症状を主徴とする “代謝症候群” の成人30例中28例が成人肥満で、さらに28例中21例が幼児期から肥満であったと報告されています。また、脂肪細胞から分泌される生理活性物質(アディポサイトカイン)の多くが、動脈硬化や糖尿病や心筋梗塞に直接かかわることが科学的に証明されつつあります。良き生活習慣をわが子に伝えるためにどうすればいいか ⋯ 小さい子どもを持つご家族は、この機会によく考えてみてはいかがでしょうか。私共もそのお手伝いをいたします。
 

日焼けはほどほどに(2005年7月4日掲載) 2010年05月12日(水)

   筆者が少年だった頃、日焼けは健康のシンボルでした。夏の海辺でクロンボ大会が催され、皆で競い合って肌を焼いたものです。それほど昔でなくても、平成10年までの母子手帳には「外気浴や日光浴をしていますか」と記載されていましたし、今でも7割以上の人が「日焼けすれば身体が丈夫になる」と信じています。日光浴がかくも推奨される最大の理由は、日光に含まれる紫外線により体内でビタミンDが合成され、これがくる病(骨のミネラルが不足する病気)を防止する効果を持つためです。

 ところが、近年の栄養事情の改善とビタミンD摂取量の増加に伴ってくる病が激減し、代わって紫外線による皮膚癌の危険が実証されてくると、これまでの論調が一転して「日光浴は百害あって一利なし」と唱えられるようになりました。母子手帳から日光浴の字句が削除され、薬局には子ども用の日焼け止めが花盛りです。昨日の英雄が今日の悪玉に転落したかのようです。日光浴は有用か、それとも有害か、一体どちらが正しいのでしょうか!?

 オーストラリアの疫学調査では、10歳までに浴びる紫外線の量が多いほど、生涯の皮膚癌の発生率が高くなるという数字がでています。別の研究では、皮膚の癌抑制遺伝子p53の突然変異率が、非露光部に比べて露光部で高い(つまり露光部の方が発癌しやすい)ことが報告されています。これらの成績は白人のデータにもとづくもので、日本人に必ずしも全てが当てはまりませんが、日光を浴びすぎると皮膚癌の危険が増すことは間違いないでしょう。

 一方で、子どもにとって戸外で遊ぶことは心身の健全な発達に欠かせません。日光浴の害を強調するあまり屋内に閉じこもることは避けて、おおいに新鮮な外気を吸い未知の世界を探訪して欲しいものです。外出時の日焼けを最小限に減らすために、@ 夏の10~14時の外遊びを控える、A できるだけ日陰で行動する、B 帽子、長袖の衣類、日傘で露出部を少なくする、C 子ども用の日焼け止めクリーム/ローションを使用する、などの工夫が役に立ちます。保育園、幼稚園、学校の方々には、子どもを炎天下に長時間おかない配慮をお願いします。真っ黒に焼けた肌を賛美する風潮を改め、といって日焼けを過度に恐れて神経質になりすぎることなく、真夏の太陽と上手に付き合っていきましょう。
 

指しゃぶりはいつまで?(2006年6月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   昨年8月にホームページに掲載した「おしゃぶりは必要? 不要?」の補遺版として、指しゃぶりの必要性についてもまとめました。平成18年4月に日本小児科学会から発表された「指しゃぶりについての考え方」をもとに、筆者の考え方を一部書き加えて皆様にお伝えいたします。

 乳児期:生後12ヶ月頃までの指しゃぶりは、発達過程における生理的な行為です。指にかぎらず何でも口に入れて、形や味や性状を確かめようとします。これを無理にとめる必要は全くありません。赤ちゃんの好奇心を大切に育てたいですね。

 幼児期前半(1歳から2歳まで):立ったり歩いたり、あるいは玩具を使って遊ぶようになると、指しゃぶりの頻度は減少します。退屈なときや眠いときにはまだ指しゃぶりをしますが、この時期はあまり神経質にならずにそっと見守りたいものです。ただし、一日中あまりにも頻繁にしている、指に吸いダコができるほどしている、などが気になれば、小児科医や小児歯科医や臨床心理士に相談する手もあります。

 幼児期後半(3歳から就学前まで):子どもが親から離れて友達どうしで遊ぶようになると、指しゃぶりは自然に消失します。5歳を過ぎるとほとんど見られません。この時期に頻繁に指しゃぶりをしていると、歯並びや噛み合わせに大きな影響が出ます。また、指しゃぶりがやめられない背景として親子関係や生活環境に問題があるかもしれません。小児科医や小児歯科医や臨床心理士に積極的に相談しましょう。

 学童期(小学校入学後):この時期に指しゃぶりに固執している子、あるいはやめたくてもやめられない子は、小児科医や臨床心理士による助言と治療を必要とします。ぜひ、早めにご相談ください。

 指しゃぶりは3歳頃までは禁止する必要はありません。保護者は温かく見守ると同時に、指しゃぶりの卒業に向けた準備も少しずつ進めていきましょう。具体的には、@ 一日の生活リズムを確立すること(早寝早起きが理想)、A 昼間の遊びで手を使うことを楽しませて、さらにエネルギーを発散させること、B 寝つく前のスキンシップを図ること(手を握ったり絵本を読み聞かせるなど)が有効でしょう。
 

障害から才能へ(2006年12月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   私が当地で障害児支援に携わって約8年が経ちます。この間に多くの子どもたち、ご家族の方々と接する機会がありました。「われ以外みなわが師」の教訓どおり、各々のご家庭の子育て体験を伺いながら、私なりの支援のあり方を模索してまいりました。私がつねに心がけている基本姿勢は、@ 疾患について正確な情報を提供すること、A 子育てに奮闘するご家族に共感し、親身になって援助すること、B 療育について必要な措置を講じること(他の医療・福祉サービスへの紹介も含めて)の三点です。まだまだ至らない点も多いと思いますが、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 障害児はその言葉どおり、家庭や集団で生活を送る上で何らかの障害を抱えているため、個々に合わせた支援を必要としています。しかし一方で、障害児の持つ能力の高さに驚く場面にしばしば遭遇します。むしろ健常児よりも優れている面も多々あり、日々の診療は新たな発見の連続です。障害児だから何もできないというのは全くの誤解であることを強調したいと思います。たとえば、ダウン症児に共通する、争いとは無縁の穏やかさ、他人と仲良く過ごせる協調性は、私にとって見習うべき良きお手本です。精神遅滞の子どもたちが見せる芸術的センス(絵画、書道、舞踊など)は、私たちに深い感動を与えてくれます。注意欠陥/多動性障害(AD/HD)児は、疲れを知らない底なしのエネルギーを秘めています。通常は興味が分散されて落ち着きませんが、一度「はまると」凄いパワーを発揮します。アスペルガー症候群の子どもたちは、抜群の記憶力を示します。百科事典やカレンダーを暗記するという話を聞くと、私など到底かなわないと思います。事実、これらの優れた能力を生かして社会的に成功している人々が大勢います。かのアインシュタイン博士はアスペルガー症候群でしたが、類いまれな気質と才能があってこそ、物理学を根底から書き替える大発見を成し遂げたのでしょう。

 障害児といえども達成感を味わいたい気持ちは健常児と変わりません。彼らに潜在する可能性(ポテンシャル)に目を向け、能力を伸ばすための環境と体制を整えることが私たちに求められています。それは未来の社会にとっても有用なことでしょう。しかし個々の場面では、可能性の限界に突き当たることも時に経験します。必ずしも理想通りに進まないこともあり得ます。それでもなお手を尽くすことにより、障害児とご家族に力強い安心感をもたらすように努めたいと思います。子どもたちの笑顔と成長を糧に、これまでにも増して障害児の支援に取り組み、成育外来の診療内容を充実させてまいります。また、子育てに奮闘するご家族に共感し親身になって援助するという信条は、障害児だけに限ることではありません。すべての子どもたちとご家族に向けて、子育ての良き相談相手になりたいと願っています。診療の合間にどうぞ何事でもお尋ねいただければ幸いです。
 

子どもの睡眠を見直そう(2008年5月11日掲載) 2010年05月12日(水)

   「寝る子は育つ」と昔から言われてきたとおり、子どもの健やかな成長と睡眠の間には密接な関連があります。しかし子どもを取り巻く生活環境は、過密なスケジュール、身体を使う外遊びの減少、メディアやゲーム機の普及、生活の夜型化など、睡眠時間の大幅な減少をもたらす状況ばかりです。日本の子どもの睡眠時間は減少の一途をたどり、今や先進国の中で最も短くなってしまいました。

 睡眠が不足すると、子どもの身体にさまざまな悪影響が現れます。まず、脳が休息できなくなり、情緒が安定せず集中力や注意力が低下します。睡眠時間を削って勉強しても成績が上がらないことは、さまざまな研究で証明済みです。また、身体にも不都合を生じます。自律神経系には、昼間起きている間に身体を活発に動かす交感神経と、夜間リラックスしている間に働く副交感神経があります。睡眠が不足したり不規則だったりすると自律神経系のリズムが崩れて、体温や血圧や心拍数など身体の重要な調節系が乱れます。その結果、体調はすぐれず元気は出ません。さらに、成長ホルモンの分泌が夜間睡眠時に増加することから、睡眠の不足が成長障害の遠因になる可能性も指摘されています。

 人には生体時計が備わっています。脳の視床下部という部分にあり、神経細胞と睡眠物質(メラトニンなど)によって作動しています。地球の1日は24時間ですが、生体時計の1日は25時間です。人は毎朝、太陽の光を浴びることで生体時計の周期を短くして、地球時間に合わせています。ところが毎晩夜ふかしをして明るい場所で過ごしていると、いつの間にか生体時計の周期が25時間よりも長くなり、地球時間とのズレが大きくなります。このズレが増すほどに昼夜の区別ができなくなり、慢性の時差ぼけ状態に陥ります。これが脳の発達によくないことは明らかです。

 質の良い睡眠を得るために、家庭環境を今一度見直してみませんか。生活のリズムを整える際に最も大切なことは、早寝よりもまず早起きです。朝のまぶしい陽光の中で、子どもを起こしましょう。朝ごはんをしっかり食べさせて、日中は元気に活動させましょう。昼寝を必要とする子と必要でない子がいますが、昼寝をする場合でも午後3時頃までには切り上げましょう。夕食と入浴の時間が就寝直前にならないように段取りをしましょう。寝る時間になったら、部屋の照明を暗くしましょう。日中にしっかり活動して疲れれば、自然と早寝になります。子どもの生活習慣の基本は「よく身体を動かし、よく食べ、よく眠る」ことです。それでも寝つきが悪い子どもには ”入眠儀式” が有効です。たとえば、パジャマに着替える、子守唄を歌う、絵本を読み聞かせる、枕元にぬいぐるみを置くなど、子どもが気に入る儀式を一緒に考えてあげましょう。親御さんの仕事によっては夜遅く帰宅する場合もあるでしょうが、子どもを大人の生活リズムに巻き込まず、子どもの生活空間と時間をしっかり確保してあげてください。子どもとのスキンシップは、真夜中ではなく朝の光の中で行いましょう。子どもの眠りについてもっと詳しく知りたい方には、早起きサイト(http://www.hayaoki.jp)をお勧めいたします。
 

成育外来の開設に向けて(2006年5月11日掲載) 2010年05月12日(水)

   当クリニックは、2006年8月以来、毎週土曜午後に「乳幼児健診」「成育外来」を行っています。今回のコラムでは「成育外来」とは何か!? についてご説明いたします。

<子育てを支援します>
子どもの特性は、心身ともに伸び続けることです。体が伸びること(身長、体重、頭囲など)を成長、能力が伸びること(運動、言語、社会性など)を発達とよびます。成長と発達の過程には個人差が大きく、単なる「のんびり屋さん」であって最終的に追い付く子もいれば、病気(あるいは体質)のためにずっと遅れたままの子もいます。成長や発達に関するご家族の心配や悩みを解消するために、私達クリニックのメンバーは共に解決策を考えてまいります。「成育外来」は、子育てに頑張っているご家族に共感し、アドバイスと支援を提供する場所です。

<成長相談 = 体のサイズ(大きい、小さい、太っている、やせ)に関する相談を承ります>
 子どもの大小はさまざまです。個人差の多くは体質によりますが(たとえば親の背が高ければ子も高い)、伸びを妨げる病気が隠れている場合もあります。「まわりの子と比べて極端に小さい」「以前は順調に伸びていたのに最近になって伸びなくなった」「いくら食べても体重があまり増えない」「体重が急激に減った」などでお悩みの方はご相談ください。逆に、「食べすぎて困る」「太りすぎ」「糖尿病が多い家系なので気になる」「生活習慣病の予防法を知りたい」という方もご相談ください。体質、栄養、病気(とくに内分泌疾患)、生活習慣などの各方面からアプローチいたします。

<発達相談 = 能力(遅い? 個性的すぎる?)に関する相談を承ります>
 乳幼児期における発達の個人差は大きく、すべてに早い「おませさん」もいれば、ゆっくり伸びる「のんびり屋さん」もいます。しかし、多くの育児書には平均値しか書かれていないため、その基準から外れているとご家族の不安は大きいでしょう。まして最近では「多動性障害」「自閉症」「軽度精神遅滞」などの情報に接する機会が多いため、「うちの子は発達が遅れているのでは」「なにか障害があるのでは」「親の育て方のせいでは」という漫然とした不安をいだきがちです。「おすわりしない」「上手に歩けない」「言葉が遅い」「視線が合いにくい」「落ち着きがない」「集団行動がとれない」「育てにくい」「家系的な心配がある」などでお悩みの方はどうぞご相談ください。体質、病気(とくに神経疾患)、育児法などの各方面からアプローチいたします。保健福祉センターや専門医療機関との連携も重視しており、状況によっては先方に紹介して共同で支援する場合もあります。
 

早寝早起き朝ごはん(2006年11月1日掲載) 2010年05月12日(水)

  「早寝 早起き 朝ごはん」の国民運動をご存知でしょうか。このような合言葉を唱えなければならないほど、現代の子どもたちの生活リズムは「夜ふかし 朝寝坊 朝食抜き」に傾いています。全国的な調査によると、小学生の15%、中学生の70%は夜11時以降でないと就寝しません。小学生の15%、中学生の22%は朝食をとらずに登校します。睡眠と食事の乱れは健康を害するだけでなく、学力低下や非行にもつながるため、早急な対策が必要です。
 
 朝食をとらない小学生2千名に理由を尋ねたところ、「時間がない」「空腹でない」「気分がすぐれない」「朝食が用意されていない」の頻度順に回答がありました。このアンケート調査から浮かんでくるのは、睡眠不足(夜ふかし)、食生活の乱れ(遅い夕食、不規則な間食、夜食の習慣)、運動不足(長時間のテレビ/ゲーム)、自由時間の減少(塾、稽古事)などの問題点です。「朝食がない」に至っては、健康や食育に対する家族の無関心が現れています。

朝食は脳と体にエネルギーを供給し、集中力・気力・体力をスイッチオンにします。逆に朝食をとらないと、起床時と変わらない低空飛行を余儀なくされます。朝食を毎日とらずに生きることは、午前中の人生を損なっているのと同じでもったいないことです。健康な成人に朝食抜きの生活を1週間してもらう実験では、予想どおり午前中さっぱり元気が出なくなり、体温が約1℃低下しました。体温の低下は基礎代謝の鈍化と同義であり、太りやすく病気になりやすい状態を意味します。別の調査では、朝食抜きの子どもはテストの点数が1割低いという成績が出ました。脳が栄養不足に陥り、学習能力や意欲が低下するためです。

朝食をしっかりとるには、夜の過ごし方が大切です。子どもを親の夜型生活に巻き込まず、朝にコミュニケーションを取ることを心がけましょう。これは幼児期から身に付けたい習慣です。他にも、夜8時以降は食べ物を控える、テレビやゲームを夜遅くまでしない、夜10時に床につく、などの努力目標を立てましょう。現代の子どもたちは塾や稽古事に追われがちで、また働く母親が多いことから、理想的な生活リズムを作ることは難しいと思います。しかし、それに甘んじて不健康な生活習慣を放置すべきではありません。限られた時間を上手に使うための方策を、各家庭の実情に合わせて創意工夫されることをお勧めいたします。

 最後に、「大和市学校保健研究紀要(平成17年度)」から、小中学生の意識調査を紹介します。大和市の子どもたちは(家族も含めて)健康への意識が高いと安心できる結果でした。
 問1 朝食をとらずに学校に来るとどうなりますか?
 答1 おなかがすいて気持ちが悪い、苛々する、先生の話が聞けない、体に力が入らない
 問2 朝食をとると体がどうなりますか?
 答2 元気に運動できる、体がしゃきっとする、勉強に力が入る、おなかがすっきりする
 問3 朝食をしっかりとるにはどうすればよいですか?
 答3 早く寝る、早く起きる、体をよく動かす
 

胎内で将来の病気が作られる(2006年9月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   小さく生まれる赤ちゃんが増えています。厚生労働省の発表によると、赤ちゃんの平均出生体重は1980年に3194gだったのが、1990年に3141g、2000年に3053gと年々減り続け、この2〜3年では3000gを割り込みました。その背景には20〜30代の女性における、行き過ぎたスリム志向とダイエットがあります。肥満がすべての年代で増加している中、痩せが唯一目立つのがこの世代で、妊娠中の体重増加も低下傾向にあります。古来から日本では「小さく産んで大きく育てる」ことが美風とされ、今まさにその通りに世の中の流れが進んでいます。しかし、この現象は本当に好ましいことでしょうか!? 実は、胎児期に低栄養状態にさらされた子どもは、将来的に生活習慣病(高血圧、心臓病、糖尿病など)にかかりやすいことが、最近の調査・研究で明らかにされています。

 約20年前に英国で行われた大規模な疫学調査で、母体の栄養が悪い状態で生まれた子どもは、成人後に心筋梗塞を発症しやすいことが見い出されました。その後に世界各地で行われた追試の調査で、心臓病にかぎらず肥満、高血圧、糖尿病なども発症しやすいことが相次いで報告されました。これらの事実から導かれた結論が「生活習慣病・胎児期発症説」です。胎児期の影響が数十年先に現れる機序は、二通りが考えられています。第一は、臓器が形成される時期に栄養が不足すると構造上の小さな欠陥を生じ、成人に達する頃に負担に耐えきれなくなることです。たとえば、低栄養下では腎臓の糸球体(尿を作ったり血圧を調整する重要な部位)が必要な数だけ作られず、これが将来の高血圧の原因になることが実証されています。第二は、胎児が「外界は飢餓状態である」と勘違いして ”エネルギーを節約する代謝系” を作動させ、それが出生後も変わらず続くことです。つまり、胎児期にエネルギーを無駄遣いせずに溜め込む(= 太りやすい)体質が獲得され、出生後の飽食によって後々の肥満や生活習慣病に直結するわけです。この機序も、エネルギーの産生と消費にかかわる遺伝子の発現レベルまで見事に解明されています。

 胎児を低栄養から守るためには、妊婦に対する適切な栄養指導が不可欠です。日本産婦人科学会は、妊婦の体重増加の目安(痩せた人は10〜12kg、普通の人は7〜10kg、太っている人は5〜7kg)を提示しています。一律に「体重を増やすな」ではなく、個々の体型に合わせたきめ細かい調整が望まれます。さらにさかのぼれば、妊娠前から十分な栄養を摂取して健康的な体型を備えておくことが大切です。また、妊婦の喫煙あるいは受動喫煙が低栄養の原因の一つであることも明らかです。次世代の子どもたちを守るための重要かつ緊急の課題として、「生活習慣病・胎児期発症説」を皆様にお伝えしたいと思います。
 

子どもの病気 ウソ?ホント?(2006年4月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   日ごろ保護者の方々から寄せられることの多いご質問に答える形で、子どもの病気の常識を考え直してみましょう。当たり前に思われている知識の中に、意外と多くの誤解が潜んでいる!?ことを感じます。

[1] ワクチンを接種しなくても、病気に自然にかかればいい → ×
定期接種のBCG・三種混合・ポリオ・麻疹・風疹などの意義は言うまでもありません。これらの病気は、かかると命取りになるか、社会に重大な迷惑を及ぼす可能性があるため、ワクチンによる予防は絶対に必要です。では、任意接種のおたふくかぜと水痘(みずぼうそう)はどうでしょうか。「おたふくかぜも水痘も重い病気ではないので、自然にかかるのを待てばいい」という考えもあります。しかし、これらにかかると約1週間の自宅安静と治療が必要です。子どもは幼稚園・学校に行けない、働いている母親は仕事を休まざるを得ないなど、不都合が多く生じます。さらに重要な点は合併症です。たとえば、おたふくかぜは髄膜炎を2〜10%、難聴を0.03〜0.3%の頻度で合併します。ワクチンを接種しておけば、たとえかかっても(接種してもかかる率は15〜20%)、合併症を免れて軽症で済むことが期待できます。

[2] かぜ(急性上気道炎)を治すために抗生物質を飲む → ○(20%) ×(80%)
かぜとは、鼻水・くしゃみ・のどの痛み・軽い咳・発熱(多くは38.5℃以下)を主症状とする上気道(鼻・のど)の感染症です。かぜを起こす病原体の約20%が細菌、約80%がウイルスです。抗生物質が効くのは細菌だけで、ウイルスには効きません。かぜに何でもかんでも抗生物質を使うと、副作用として下痢を起こしたり、耐性菌(薬が効きにくい細菌)を体内で増やしたり、マイナス面の方がずっと多く現れます。「抗生物質が必要な風邪と判断したら最初からしっかり使い、必要でないと判断しても、途中から必要にならないかどうか治るまで監視する」が私の基本方針です。

[3] のどが赤いと風邪が重い → ○ または △ または ×
 のどの赤さと風邪の重さは必ずしも一致しません。のどが赤くて高熱を伴う風邪の中には、抗生物質がよく効くもの(溶連菌など)とまったく効かないもの(アデノウイルスなど)があります。のどがあまり赤くならずに高熱を伴う風邪もあります(インフルエンザなど)。のどが赤くなくても、鼓膜が赤く腫れていたり(中耳炎)、肺雑音がきこえる(気管支炎)場合もあります。「のどの赤さだけではなく、全身をよく診て、病状をよく伺って、総合的に判断する」ことが大切です。

[4] 赤ちゃんが下痢のときはミルクを薄めて与える → ×
粉ミルクを薄めることで、胃腸への負担が軽くなり下痢が早く治るでしょうか。日本外来小児科学会が出した結論は、「ミルクを薄めても薄めなくても経過に差はない、したがってミルクを薄める必要はない」です。私も同じ意見です。むしろ薄めることで栄養が長期的に不足して胃腸の回復が遅れる方がよくありません。決められた濃度で調乳して与えてください。

[5] 強い薬を飲めば病気が早く治る → ×
「薬の強さは症状の強さに応じて決める」のが正解です。軽い咳に強い咳どめ薬を用いても、病気そのものが早く治るわけではありません。逆に、重い咳に不十分な薬しか用いなかったら、治療の意味が薄れてしまいます。個々の病状をよく診た上で、薬の内容と量を決定いたします。
病気の症状の多くは、病原体を排除する生体防御反応の一面を持っています。たとえば、熱には病原体の増殖を抑える役割があります。解熱薬の目的は、平熱まで一気に下げることではなく、1℃ほど下げて身体と気分を楽にすることです。咳には気道内の痰を出す作用があります。強い薬で咳を無理に止めるのではなく、咳の原因となる痰を取り除き、痰の原因となる気道の病気(感染症やアレルギー)を治すことが先決です。下痢には腸管の病原体を排泄する役割があります。強い薬で下痢を無理に止めるのではなく、病原体に追いやられた腸内細菌(消化・吸収を助ける善玉菌)を再興させる治療が必要です。身体の持つ抵抗力を尊重しつつ、薬の力を上手に使って回復を後押しします。

[6] 保育園・幼稚園に通い始めてから、かぜをよくひく→ ○
集団生活に入ると、かぜをひいている子どもと接触する機会が増えて、かぜをもらう頻度も当然増えます。とくに最初の半年から1年間は、毎月のようにかぜをひくこともあり得ます。かぜだけで済めばともかく、もっと重い中耳炎や気管支炎を短期間に繰り返すようなら、2〜4週間ほど休園して体調を整えて出直すことも考えましょう。とくに、免疫能が未熟な3 歳以下の乳幼児には十分な配慮が必要です。しかし一方で、同年代の子どもたちとの交流は、知と心の健全な発達に欠かせません。健康に留意しながらも、集団生活を大いに楽しませてあげたいものです。なお、入園に際しては母子手帳を見直して、未接種のワクチンが残っていないかどうか確かめておきましょう。

[7] 抗生物質を飲むと下痢をする → ○ または ×
抗生物質は、感染病巣の細菌だけでなく腸内細菌(善玉菌)まで退治して下痢を起こすことがあります。しかし、抗生物質だけが悪者ではありません。病気で体調を崩すこと自体、消化能力の低下につながり下痢を起こします。ロタやノロのように、お腹を標的とするウイルスもあります。つまり、病気のときの下痢には複数の要因があります。下痢のリスクを承知の上で抗生物質を使用しなければならない場合、とくにお腹の弱い子どもや赤ちゃんには、整腸薬(乳酸菌製剤)を併用して腸内細菌を守る工夫をしています。1日2〜3回の軟便までは許容範囲内とお考えください。

[8] 台所の換気扇の下でタバコを吸えば、子どもへの害はない → ×
タバコの煙には40〜60種類の発ガン性物質と200種類以上の有害化学物質(気道刺激物質、心臓血管毒性物質)が含まれています。換気扇の下で吸ってもベランダで吸っても、あるいは空気清浄機を使用しても、有害な物質は身体に侵入することが証明されています。煙を吸わされた子どもは喘息や中耳炎などに悩まされ、将来は発ガンの危険を負わされます。わが子の健康はすべての親に共通する願いです。子どもをタバコの害から守るために、親がまずタバコを手放したいものです。
 

熱中症を防止しよう(2008年8月3日掲載) 2010年05月12日(水)

   連日の猛暑の中で、熱中症にかかる人が続出しています。熱中症とは、高温多湿の環境下で発症する障害の総称です。血圧低下と脳血流の減少で起こる「熱失神」、脱水による頭痛、めまい、吐き気、倦怠感などの「熱疲労」、脱水に加えて塩分の補給不足で起こる四肢筋や腹筋の「熱けいれん」、体温の調節機能が破綻して脳神経の働きが失われ、ときに死に至る「熱射病」の各病型があります。

 熱中症は、かかる前に予防することが肝要です。屋外にいる子どもに対して、気象条件をよく把握したうえで、涼しい場所での休憩と水分・塩分のこまめな補給を心がけたいものです。塩分補給の目安は、水1リットルにつき塩1〜2グラム(0.1〜0.2%濃度)です。顔を赤くしながら汗をたくさん流しているときは、深部体温が上昇しているサインですので迷わず休ませましょう。服装は軽装とし、吸湿性や通気性のよい素材にします。帽子は直射日光を遮るために大切です。背の低い子どもでは、地面からの照り返しで体感温度が2〜3℃高くなるため、大人が暑いと感じているとき子どもはさらに高温の環境下にいることになります。ご留意ください。風邪や睡眠不足や朝食抜きなどの体調不良も、熱中症の原因になります。疲れた身体で無理な運動をしてはいけません。身体が暑さに慣れていない時期(たとえば梅雨明け)に熱中症にかかりやすいため、日頃から適度に外遊びを奨励し、身体を暑熱に対して徐々に慣らしていく過程が大切です。暑い環境の中で3〜4日過ごすと、汗をかくための自律神経の反応が早くなり体温上昇を防ぐことが上手になります。室内にいる子ども(とくに乳幼児)には、エアコンの使用や風通しを良くすることで、熱がこもらないように配慮しましょう。最近の都会ではヒートアイランド現象のために、夕方になっても気温がなかなか下がりません。エアコンの使用には賛否両論ありますが、室外との気温差を大きくしすぎない、冷気を子どもに直接あてない、冷気が下層に溜まらないように扇風機で対流させる、適度の換気を行う、などを心がければ問題はないと思います。筆者は今の季節、室温を28℃に調整して過ごしています(建物の条件によって適温は異なります)。室内にいれば熱中症にかからないとは限りません。炎天下で自動車の中に放置された子どもが死亡する事件が毎夏、報道されます。たとえ短時間でも、子どもを車内に置き去りにすることは止めましょう。

 熱中症は応急処置を知っていれば救命できる病気です。気分がすぐれない、だるい、頭が痛いなどと訴えたときは、すぐに運動を中止させ、風通しが良く涼しい場所に衣服をゆるめて横たえ、冷たい水分(糖分と塩分を含むイオン飲料が最適)を与えましょう。アイスパックで頸や腋の下や足の付け根を冷やしたり、水を全身にかけたりすることは、体温を下げるために有用です。足を高くして末梢から中心部にかけてマッサージすることは、循環血液量を増やすために有用です。それでも、目の焦点が合わない、応答が鈍い、手足の動きが悪いなどのサインが現れたら緊急事態です。直ちに医療機関に受診してください。救急車を待つ間も、体温を下げる試みを続けてください。

 子どもの熱中症の防止には、保護者や教育現場の留意が不可欠です。高温多湿の日本の夏と上手に付き合いましょう。楽しい夏休みをお過ごしください!
 

子どもの事故は防止できる(2007年2月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   0歳児を除く子どもの死因の第一位は「不慮の事故」です。わが国で毎年1000人近くの子どもが事故で命を落としています。これはインフルエンザ脳症、麻疹、悪性新生物(がん、腫瘍)による死亡に比べて格段に多い数値です。事故は子どもにとって重大な健康問題であることを、保護者の方々に知っていただきたいと思います。
子どもには危険予知能力が備わっていないため、思いがけない行動をしばしばとります。「わが子に限って大丈夫」という楽観視は、根拠のない空想に過ぎません。事故はすべての子どもに「起こりうるもの」であり、親の注意によって「防ぎうるもの」です。日常の危険から子どもを守るための方策を考えてみましょう。

 @ 乳幼児の事故で最も多いものは誤飲です。赤ちゃんには、手にしたものを口に入れる習性があります。頻度順にタバコ、医薬品、化粧品、洗剤、殺虫剤が原因のワースト5で、他にもボタン電池、硬貨、画鋲など、それこそ何でも食べてしまいます。3歳児が口を最大に開けたときの口径は39mmです。直径39mm以下のサイズの物(親指と人差し指で輪を作り、それが何mmか知っておくと便利です)を子どもの手の届かない場所に置くことで、誤飲事故を防止できます。
 A 転倒・転落も乳幼児に多い事故です。ベッドからの転落を防止するには、ほんの数秒ほど離れる時でもベッド柵を上げることを怠ってはいけません。クーハンや歩行器は事故の報告が多いため、使用をお勧めしません。ベビーカーに乗せるときは、赤ちゃんをベルトで保持しましょう。階段からの転落防止に柵を取り付けましょう。ベランダや窓からの転落防止には、踏み台になる物を置かない、窓際にベッドやソファを配置しない、などの工夫が必要です。
 B 浴槽での溺死・溺水は悲惨な事故です。一人でヨチヨチ歩きを始める時期が最も危険です。洗い場から浴槽の縁までの高さが50cm以下だと、子どもが身を乗り出して浴槽に落ちる危険が増します。2〜3歳までは残し湯をしない、風呂場に鍵をつけて子どもを入れない、子どもだけで入浴させない、などが浴槽での事故を防止する要点です。
 C 自動車事故による死亡も後を絶ちません。傷害を軽減するには、チャイルドシートで身体を拘束することが不可欠です。ある調査では、シートの装着法が誤っているケースが過半数を占めました。シートの背もたれを前方向に強く引っ張り、座席とのすき間が10cm以上あくようだと、正しく装着されていません。わが家のシートを再点検してください。
 D 自転車事故にもご注意ください。ヘルメットの着用、足部ガード付きの補助椅子の使用、子どもを乗せる時は最後でおろす時は最初に、を心がければケガを防止できます。
 E 火傷(やけど)の防止には、熱源(アイロン、ポット、炊飯器、ストーブなど)を子どもから隔離する、テーブルクロスを使用しない、などが要点です。

 事故に対する有効で簡単な防止策は存在し、それを実行すれば子どもの安全を確保できます。予防は治療に勝ります。事故予防をより詳しく知っていただくために、「街のジャングルブック(MCメディカ出版)」を貸本として用意しました。どうぞ御覧ください。
 

離乳食の新指針(2008年4月7日掲載) 2010年05月12日(水)

   昨年3月に厚生労働省から「授乳・離乳の支援ガイド」が発表されました。平成7年の「離乳の基本」から12年ぶりの改訂です。新しくなった指針をもとに、私見を交えながら、離乳食の基本の幾つかを解説いたします。

<離乳準備食としての果汁は必要ありません>
 生後5〜6ヶ月までの赤ちゃんの栄養源は、乳汁(母乳または育児用ミルク)だけで十分です。果汁を与える必要はありません。これまで果汁が勧められていた理由は、昔の人工乳が牛乳の組成に近く、ビタミンCが極度に不足していたため。しかし現在の育児用ミルクは十分量のビタミンCを含んでおり、果汁の栄養学的な意義はすでに失われています。それにもかかわらず、果汁が重視され続けた第二の理由は、「離乳に慣れる」という観点から。しかし、離乳食自体が卒乳に向けた準備ですから、「準備のための準備」は意味を成しません。さらに、栄養学的にも問題があります。たとえば、甘味を早い時期から覚えさせると、健全な味覚形成が損なわれます。果汁でカロリーが満たされることにより、肝心の乳汁の摂取量が減る恐れがあります。果汁の摂り過ぎは肥満につながります。生後4ヶ月以下で与えると食物アレルギーを招く恐れがあります。離乳開始前の果汁は赤ちゃんにとって弊害が多いことをご理解ください。
 ただし絶対に不可というわけではなく、乳汁以外のものを飲む姿に成長の喜びを感じる親御さんの気持ちは尊重したいと思います。果汁を与える場合は、湯冷ましで十分に薄めること、飲ませ過ぎないようにスプーンで少量ずつ与えることを心がけましょう。

<離乳食の進め具合は赤ちゃんのペースに合わせましょう>
 離乳の開始は生後5〜6ヶ月以降、赤ちゃんが食べ物を欲しがる時期に合わせましょう。生後5〜6ヶ月は、赤ちゃんが大人の食べ物に興味を示し、手で物をつかみ口に入れる動作を始める時期です。かつて早期離乳が勧められたこともありましたが、欲しがらないうちから無理に与えても利点は何もなく、赤ちゃんも嫌がって舌出し反応で拒絶します。離乳を急ぐ必要はありません。
 離乳食の量と回数は、赤ちゃんの欲しがる様子と食べっぷりを見ながら、焦らずゆっくり進めていきましょう。従来の指針では、離乳初期・中期・後期・完了期に分けられ一回あたりの摂取量が記されていましたが、細かい区分や数字にとらわれず赤ちゃんのペースに合わせれば、ほぼ間違いはありません。おおよその目安として、2〜3ヶ月ごとに回数を1回増やすペースで、生後9〜12ヶ月までに3回食にすればよいでしょう。栄養が足りているかどうかは、母子手帳の成長曲線に身長・体重・頭囲の計測値を書き込み、順調に伸びているかどうかで判断します。
 離乳の完了は生後12〜18ヶ月頃が目安です。離乳の完了とは、固形物をかみつぶせるようになり、栄養の大部分を乳汁以外の食物から摂取できる状態をいいます。しかし必ずしも断乳を意味するものではなく、赤ちゃんが求めれば母乳を続けても構いません。この時期の授乳は、栄養学的な利点よりも母子間の愛着形成の意義が大きいと言えましょう。

<フォローアップミルクは母乳や育児用ミルクの代替品ではありません>
 生後9ヶ月以降は鉄分が不足しやすいので、離乳食に赤身の魚や肉やレバーを取り入れたり、調理用に使用する牛乳や乳製品の代わりに育児用ミルクを使用するなどの工夫をしましょう。鉄分は体内に酸素を運ぶ赤血球の原材料になり、鉄分の不足は赤血球の減少すなわち貧血をもたらします。乳幼児期に鉄欠乏性貧血が3ヶ月以上続くと、脳細胞の機能が低下し精神運動発達に悪影響をもたらすことが知られています。
 この時期に、鉄分をはじめとする各種栄養素が強化された飲料として、フォローアップミルクの意義が強調されています。しかし、離乳が順調に進んでいる赤ちゃんにとって、フォローアップミルクは必須のものではありません。離乳完了までは母乳か育児用ミルクを基本とすればよく、とくに母乳をわざわざ止めてまでフォローアップミルクに切り替える意味はまったくありません。フォローアップミルクの問題点は、蛋白質をはじめとする栄養素が多すぎて、むしろ離乳の妨げになる場合があることです。フォローアップミルクは離乳完了期の牛乳代替品ととらえ、牛乳と同様に卒乳の一手段と考えるべきでしょう。牛乳に比べて鉄分が10倍ほど多く含まれているため、鉄分の摂取が不足しがちな子どもには適した飲料と言えます。

<「手づかみ食べ」は発達途上の大切な一段階です>
 新しい指針では、生後12〜18ヶ月にみられる「手づかみ食べ」が推奨されています。手づかみ食べは、目で見ることで食べ物の形や大きさを確かめ、手でつかむことで食べ物の硬さや熱さを確かめ、口に入れることで食べ物の味や舌触りを確かめるという、目と手と口の協調運動の発達を促します。「自分でやってみたい」という子どもの意欲や達成感も満たします。手づかみ食べは、行儀が悪いのではなく食器や食具を使いこなす前段階ととらえて、おおらかに見守ってあげてください。
 手づかみ食べを支援するポイントは、手づかみしやすい食事を用意すること(ミニおにぎり、野菜スティックなど)、汚れてもいい環境を作ること(エプロンを掛ける、床に新聞紙やシートを敷く)、子どもの食べるペースを大切にすることです。

 離乳食に厳密な定義と組み立ては必要なく、大まかに進めていっても間に合うものだと筆者は考えています。指針や育児書の細部にとらわれ過ぎて、赤ちゃんへの無理な押しつけが行われてはいけません。とは言うものの、初めての子どもを育てる親御さんにとって、心配や悩みの種は尽きないことでしょう。離乳に関するご質問がありましたら、どうぞ何なりとお寄せください。
 

食育のすすめ(2006年3月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   食べることは生きるための基本です。伸び盛りの子どもにとって、「食」は単なる栄養の補給にとどまらず、健康の増進と維持、家族の絆の強化、食文化の理解と継承など、多くのことを体験し学習する場でもあります。食にかかわる子どもの育成、すなわち食育は、知育・徳育・体育とならび、子どもの健全な成長に欠かせない大切なものです。

 しかし理想とは裏腹に、現代の食生活はさまざまな問題をかかえています。たとえば、過食や脂肪過多による肥満と生活習慣病、思春期女性のやせ願望と拒食症、BSEや病原性大腸菌O-157に代表される食の安全性の揺らぎ、不規則な生活リズムと朝食の欠食、一家団欒とは無縁の孤食、外食や中食(市販惣菜やレトルト食品など)への依存により衰退する家庭の味、食べられずに廃棄される食品など、食の危機は至る所に存在します。その結果として、「食事がつまらない」「何を食べても同じ」と訴える子どもが増えています。生活習慣病の低年齢化や拒食症の増加も明らかです。私たち大人は今こそ子どもの手本となる食生活を実践し、食べる楽しさを子どもに伝えなければなりません。

 子どもの食べる意識の向上には、食べ物が食卓に並ぶまでの過程を教えることが第一歩になります。食材を選んで買う、野菜を作って食べる、料理や配膳を手伝う、などを子どもに体験させましょう。食べ物は最初から食べ物として存在するのではなく、自然の恵みを受けて動植物が育ち、それらが食品となり調理されて食卓に並ぶわけで、食の過程を知ることで食べることへの興味が湧き、「命あるものをいただく」感謝の念も生まれます。第二に、栄養バランスがとれて、季節の旬や繊細な味が感じられる献立を心がけましょう。元気な身体を作るための栄養素(主食と一汁二菜の組合せ)を考える力、五感と想像力を働かせて食べ物を味わう力は、良い献立を通して育まれます。外食や中食に頼りすぎたり、子どもの好みに迎合してばかりでは、子どもの健康観や味覚は伸びません。私たちの食文化を次の世代にぜひ伝えたいものです。和食の良さを見直してみませんか。第三に、食事は家族間のコミュニケーションをはかる大切な場です。単におなかを満たすだけでなく、楽しく会話することで気持ちも満たされます。食を介した一家団欒の意義を今一度、考えてみてください。第四に、食事をおいしくとるには生活習慣の改善が不可欠です。運動不足、不規則な間食・夜食、睡眠不足、心身のストレスなどが重なると、おなかが空かないし食事もおいしく感じられません。日頃から身体をよく動かす習慣をつけ、一日三食と間食(一日に一回、一品)のリズムを作り、食事が待ち遠しくなるような健康的な生活を送りましょう。空腹は最大の調味料です。

 心身の元気と健康のもとは食にあります。子どもだけでなく私たち大人も、生涯にわたって食育を意識して実践していきたいものです。
 

ファーストフードと肥満(2006年1月5日掲載) 2010年05月12日(水)

   わが国の肥満児は過去30年間で約3倍に増加しました。小学校高学年では8~9人あたり1人の割合です。肥満とそれに伴う生活習慣病は、今後さらに深刻度を増すことが予想されます。私事ですが、筆者は米国のセントルイス市で3年余り生活し、成人の約6割が過体重、うち3割が肥満という「肥満大国」の実態をつぶさに見てきました。米国人の問題は、生活様式の西欧化が進む日本人にとって他所事ではありません。今回のコラムでは、米国人の肥満化の元凶とされるファーストフード(fast food)を取り上げ、食習慣の問題について言及します。

 米国のファーストフード産業、とりわけハンバーガー店は隆盛をきわめています。どんな小さな町にも必ず一軒は存在し、若い家族連れから老夫婦まで大勢の人々でいつも賑わっています。ほぼ毎日通うマニアも珍しくありません。店員は概して無愛想で(スマイルは売っていません)、「スーパーサイズか?」「フライは?」「バリューセットにするか?」と矢継早に尋ねます。言われるままに注文すると超特大のボリュームになります。コーラのおかわりは自由です。この味と量に幼少時から染まれば肥満になるのも無理はない、と納得します。

 ファーストフードは、高カロリー、高脂肪、低食物繊維、低ビタミンの食品です。たとえばハンバーガー 大/ポテトM/チキン/コーラMのセットで、カロリーは1291kcal、脂肪は60g(カロリーの42%)に達します。これは成人男性の1日栄養所要量の半分を超えています。カロリー過剰よりもさらに深刻な問題は、小児期における味覚形成への悪影響です。食品に添加された脂肪は、本来は無味無臭ですが、血液に入ったのちに脳に作用して嗜癖性を高めます。「コレステロールそのものが旨い!」と極言する人もいます。小児期にファーストフードに慣れ親しむと、高脂肪食への嗜好を刷り込まれ、家庭でも同様の食事を求めるようになります。ファーストフードが危険な理由は、それ自体の栄養バランスが偏っていることに加えて、日常の食生活まで高カロリー高脂肪食に変えてしまうことです。

 ここまで述べてから白状しますと、筆者は仕事が忙しいときにハンバーガー店を利用します。早くて便利、味付けも日本人好みです。そもそも身体に悪い食べ物というのはなく、いかにバランス良くとるかが肝要です。ファーストフードの問題点を認識しつつ上手に利用するための心得は、1) 月1~2回以下、2) LやMよりSサイズ、3) セットメニューでなく欲しい物だけ、4) 子どもの言いなりにならない、5) おまけに惑わされない、6) 店員の誘いに乗らない(10人に1人はポテトを追加注文するそうです)、7) 飲料はノンカロリー、8) 前後の食事でカロリーと脂肪を減らす。米国のファーストフード事情は、「スーパーサイズ・ミー」というドキュメンタリー映画(2003年)をご参照ください。
 

イオン飲料は身体によいか(2006年5月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   皆さんはイオン飲料にどのようなイメージをお持ちでしょうか。イオン飲料の宣伝文句には「血液と同じ成分」「身体にやさしく水分補給」などと書かれています。水を飲むよりもイオン飲料を飲む方が身体に良い、なんとなく健康的、と考える人も多いと思います。本当にその通りでしょうか!?

 イオン飲料は塩分と糖分を水に溶かしたものです。下痢や嘔吐で失われた体液を補うのに適しています。とくに、乳幼児用に調整された飲料(アクアライトなど)は、腸管から吸収されやすい工夫がなされています。胃腸炎がまだ軽い段階で用いると輸液(点滴)とほぼ同等の効果が得られるため、私も大いに推奨しています。しかし、下痢や嘔吐が治まり脱水の危機が去れば、イオン飲料の出番はそこで終わりです。健康なときにイオン飲料を水の代わりに与えてはいけません。

 イオン飲料を常用することによる弊害は三つあります。第一は塩分過多で、第二は糖分過多です。普通の食事をとっている乳幼児に、塩分や糖分をさらに補給する必然性はありません。余計な塩分は腎臓に負担をかけ、余計な糖分は肥満を助長します。さらに、塩分も糖分も味覚形成に大きな影響を及ぼします。乳幼児のときから「しょっぱい」「甘い」ものに慣れ親しんでいると、無味の水では物足りなくなりイオン飲料を絶えず求めるようになります。子どもの欲しがるままに与えていると、将来の生活習慣病(高血圧や肥満)にまっしぐらです。

 第三の弊害は虫歯です。イオン飲料のpHは3.6〜4.6と低値です。pH5.4以下では歯のエナメル質の脱灰が起こり虫歯になりやすいため、イオン飲料が口の中に残ると虫歯の原因になります。イオン飲料を与える必要がある場合は(下痢や嘔吐のとき)、寝る前や寝ながら与えないこと、やむをえず与えた時は綿棒や指先に巻いたガーゼで口の中を拭くことを心がけましょう。

 結論として、イオン飲料をとるのは塩分や水分が失われたときだけ(乳幼児では下痢・嘔吐で食事をとれないとき、学童では激しい運動で汗をかいた後)にとどめ、普段は水やお茶をとる習慣をつけることが大切と言えましょう。
 

肥満はなぜいけないか(2005年4月11日掲載) 2010年05月12日(水)

   「僕の家族はみんな太っているけど元気だよ。どうして太っていたら駄目なの?」 外来でときどき尋ねられる質問です。肥満とは標準体重からの偏りであって、それ自体は病気ではありません。しかし、肥満をそのまま放置しておくと、生活習慣病(いわゆる成人病)にかかる率が格段に高くなります。脂肪細胞から血液中に分泌される種々の生理活性物質(アディポサイトカイン)および遊離脂肪酸が、動脈硬化や血栓やインスリン分泌不全をもたらすことが発症の原因です。人生の早い時期から太っている人ほど身体の損傷が著しく蓄積し、より早い時期に生活習慣病を発症します。筆者の診療経験においても、10歳代で糖尿病、脂肪肝、高血圧、高脂血症を発症するケースを多々見かけます。将来の狭心症・心筋梗塞や脳卒中への進展が気がかりです。日本人小児の肥満の頻度は過去15年間に2倍近く増加し、今や10人に1人が肥満児の時代です。小児科医にとって肥満対策は緊急を要する課題の一つです。

 筆者が肥満児とその家庭に対して強調する点を四つあげます。(1) 肥満が軽いうちに治療を始める方が効果は早く出ます。治療期間も短くて済みます。(2) 肥満の原因はエネルギーの供給と消費のアンバランスです。今一度、家庭での食生活と運動習慣を見直してください。どこかに問題があるはずです。(3) 肥満は悪循環します。太ることで動きが鈍くなったり汗をかきやすくなり、ますます運動嫌いになります。精神的にも内向的、消極的になりがちです。悪循環を断ち切らなければ、肥満は悪化する一方です。(4) 肥満の治療には家族ぐるみの取り組みが不可欠です。子ども一人に頑張らせても、また家族内で方針が一致しなくても、減量の成果はあがりません。

 肥満に関するご相談を当クリニックで承ります。対象年齢は2~3歳以上です。過度のカロリー制限は伸び盛りの子どもには危険ですので、必ず医師の指示を仰いでください。また、1歳以下の肥満(ぽっちゃり体型)は以後の肥満には繋がらないため、治療の必要はありません。
 


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