院長からのメッセージ

かぜでお休みする期間(第三版) 2012年09月19日(水)

   子どもたちの間で夏かぜが流行しています。かぜを起こす病原体の80〜90%はウイルス、10〜20%は細菌です。この目に見えない微生物は、咳やくしゃみの飛沫を介して体内に侵入すると、鼻やのどの中で急速に増殖します。病原体が最も活発に増殖する温度は、病原体の種類によって違いますが、おおむね33〜34℃(一部は37℃)です。ヒトの身体は病原体の侵入を感知すると、設定体温を上げる(熱を出す)ことで病原体の増殖を抑えようとします。また、咳や鼻水を出すことで病原体を体外に追い出そうとします。かぜに伴うさまざまな症状は、身体を守るための防御反応という側面があります。さらに(これが最も大切ですが)、ヒトの身体は白血球を中心とした「免疫」を介して病原体を排除する仕組みを持っています。

 「かぜが治る」ということは、体内に侵入した病原体がおおむね消えて、かぜの症状がやわらぎ、身体が元通りの元気さを取り戻すことです。同時に、他人にかぜの病原体をうつす心配がなくなることでもあります。ではどのような状態になったら、隔離を解除して再登園・登校できるでしょうか。(1) 一般のかぜについては、「熱が下がって1日たち、咳や鼻水がそれほど強くない」状態なら出席可です。(2) 下痢については、水のような便が出ている間は休むべきで、「軟らかくても形のある便に変わったら」出席可です。(3) 学校保健法の指定伝染病(麻疹、風疹、おたふくかぜ、水ぼうそう、インフルエンザ、百日咳、結核、プール熱など)については、それぞれ厳密な取り決めがあります。登園・登校には医師の治癒証明書が必要です。(4) その他の感染症ついても、一応の取り決めが存在します。たとえば、手足口病とヘルパンギーナは「熱がなく、食欲など状態がよければ」出席可、リンゴ病は「熱がなく、食欲など状態がよければ、発疹が出ていても」出席可、水いぼは「出席停止の必要なし」、とびひは「出席停止の必要なし、ただし露出している病巣をガーゼ等で覆う配慮を」、溶連菌は「抗菌薬を1〜2日内服して、熱が下がったら」出席可です。これらの病気に対して、治癒証明書は原則として不要です。ただし保育園や幼稚園によっては提出を求める所があります。

 水いぼ(伝染性軟属腫)は誤解の多い病気です。プールに入ることを禁止されるだけでなく、水いぼを取るように”指示”される子どもがいます。どちらも誤りです。水いぼウイルスは、露出した肌が強く触れ合ってうつることがあります。浮き輪、ビート板、タオルを介してうつることもあります。しかし、プールの水を介してうつることはありません。肌の接触や備品の共用に注意すれば、一緒に楽しくプール遊びをすることは可能です。学校保健法(平成11年改訂)にも、「プールを禁止する必要はない」と記されています。もしもプールを禁止するのであれば、半袖半ズボンでふざけ合うのも禁止しなければなりませんね。また、水いぼは、入念なスキンケアを心がけていれば、6〜24ヶ月で自然に治る病気です。水いぼを急いで取ってしまうか、あるいは自然に治るのを待つか、その判断は子どもと保護者に委ねられるべきでしょう。

 プール熱は名前のとおり、プールの水を介してうつる場合があります。病原体であるアデノウイルスは塩素系消毒薬に弱いのですが、塩素濃度が十分でないプールでは生き延びてヒトからヒトにうつります。アデノウイルスは鼻水や便の中に2週間ほど出ますので、プール熱にかかった子は、再登園した後も1週間はプールに入らないようにしましょう。なお、アデノウイルスがうつる場所はプールだけではありません。感染者の唾液や鼻水など、飛沫を介してうつる場合の方が多いです。プール熱の再登園・登校の基準は、主な症状が消えて2日たってからです。

 手足口病の再登園・登校の基準はいささか曖昧です。手足口病の病原体はエンテロウイルスです。この病原体は、発疹が現れる2日前から感染力を持ちます。また、発熱や発疹が消えた後も2〜4週間にわたり便に排出されて感染力を保持します。したがって、発疹が消えるまで登園・登校を停止しても、感染の拡大を防ぐことはできません。といって、ウイルスが便中に出なくなる4週後まで隔離することは現実に無理ですので、熱がなくいつもの食事が食べられるようなら、発疹が完全には消え去っていなくても、再登園・登校を許可しています。ただし、排便後またはおむつ交換後の手洗いは十分に行なってもらいます。ヘルパンギーナの病原体もエンテロウイルスであり、これも同様の措置をとっています。

 また、夏かぜの話題から外れますが、子どものよくみられる感染症の登校・登園の目安も記しておきましょう。@ インフルエンザの登校・登園基準は、学校では「発症後5日を経過し、かつ解熱後2日」、幼稚園・保育所では「発症後5日を経過し、かつ解熱後3日」と定められています。以前は「解熱後2日」だけでしたが、2012年4月に法令が改められて今の形になりました。抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ、イナビルなど)で熱が下がっても、すぐには登校・登園できませんのでご注意ください。A 流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)の登校・登園基準は、「耳下腺の腫れが消えたら」から「耳下腺が腫れてから5日を経過し、かつ全身状態が良好になったら」に改められました。わずかな腫れが残っていても(回復期に顎下腺にしこりを触れることはよくあります)、5日を経過し元気であれば登校・登園できることになりました。B 百日咳の登校・登園基準は、「特有の咳が消えたら」か「5日間の抗菌薬による治療が終了したら」のいずれかを満たせば可、という形に改められました。C マイコプラズマ肺炎は、「激しい咳が止まれば」登校・登園可です。D ノロ・ロタ・アデノなど各ウイルスによる感染性胃腸炎は、「嘔吐・下痢が治まり、いつもの食事が食べられたら」登校・登園可です。E RSウイルス感染症は、「呼吸器症状(咳、鼻水など)が治まったら」登校・登園可です。F 突発性発疹は、「解熱したら」登園可です。G 帯状疱疹は水痘(みずぼうそう)と同様で、「すべての水疱が痂皮化したら(かさぶたを作ったら)」登校・登園可です。

 初版 2010年7月6日 第二版 2012年4月1日 第三版 2012年9月19日
 

熱が出る仕組み - 熱は大事な防御反応 - 2012年09月07日(金)

   子どもは風邪をひくとしばしば高熱を出します。身体のだるさを訴えたり、食欲を失ったりもします。子どものつらそうな姿を見るとつい心配になりますが、実はこれらの症状は必ずしも害毒をもたらすばかりではなく、身体を守るための大事な生体反応でもあるのです。

 ヒトの身体には “設定体温” があり、平常時は36〜37℃に保たれています。ところが外界から病原体(細菌、ウイルスなど)が侵入すると、設定体温が39℃前後に引き上げられます。設定体温を調整しているのは、脳の中にある視床下部という小さな部分です。設定体温が変わる仕組みはこうです。体内に侵入した病原体を捕食した白血球は、インターロイキンという物質を血中に放出します。インターロイキンは血流に乗って脳に到達し、プロスタグランディンという物質の合成を促進します。プロスタグランディンは視床下部の神経細胞に作用し、設定体温を高めます。とても複雑な経路を通して、設定体温は上げ下げされているわけです。風邪をひいた直後に寒気を感じて震えることがよくありますが、これは設定体温が引き上げられた結果、37℃では寒く39℃で丁度よいと身体が感じるようになるからです。

 設定体温の上昇に伴い熱が出ることは、病原体との闘いに有利に働きます。風邪を起こすウイルスは、鼻やのどの温度である33〜34℃で最も活発に増殖します、高温になるほどウイルスの活動は低下し、増殖が抑えられます。ただし、それだけでウイルスが死滅するわけではありません。最終的には、白血球(リンパ球など)の免疫細胞の働きにより、ウイルスを処理する必要があります。熱が出ることの二つめの意義は、免疫細胞の働きが活発になり免疫応答が促進されることです。つまり、熱は病原体を撃退するための大事な防御反応なのです。

 風邪が治る際、大量の汗をかいて熱が下がります。これは病原体がいなくなるとインターロイキンが作られなくなり、プロスタグランディンも作られなくなり、視床下部の設定体温が常温に戻るからです。古来、熱が高い時は汗をかかせて風邪を治すといわれてきましたが、実は順序が逆で、風邪が治ったから汗が出て熱を放散させて体温が下がるのです。したがって、熱が出ている最中に厚着などをさせるのは間違いで、暑すぎない衣服と寝具と室温が適切です。

 熱は病的なものだから解熱薬で下げなければいけない、という概念は今も根強く残っています。しかしここまでに述べてきた理由から、何が何でも熱を下げなければならないという必然性は見当たりません。解熱薬を使ってもよいと思われる病状は、食欲がない、眠れない、頭や節々が痛いなど、体力の消耗や苦痛が著しい場合に限られます。また、熱が4日以上続いたり全身状態がよくなかったりしたら、病原体の侵襲力が強く身体が苦戦していると考えて、解熱薬で様子を見るよりも診察を早めに受けることをお勧めします。

 熱に限らず、風邪で現れるいくつかの症状は生体防御に役立ちます。たとえば、咳や鼻水は気道(鼻、のど、気管)の病原体を追い出すために、嘔吐や下痢は消化管の病原体を追い出すために、倦怠感は身体を安静に保つために生じます。身体にとって不快な症状であっても、それなりの意味があるのですね。従って、風邪の症状をすべて取り除こうとして大盛りの薬を処方するのは、良いことではありません。量が多いと子どもは飲めませんし、薬剤間の相互作用や副反応の危険性が増します。「熟練の小児科医ほどシンプルな処方をする」という格言に倣い、身体が本来持っている防御反応を尊重して、必要最小限の薬を選ぶことを常に意識しています。
 


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