院長からのメッセージ

熱が出る仕組み - 熱は大事な防御反応 - 2012年09月07日(金)

   子どもは風邪をひくとしばしば高熱を出します。身体のだるさを訴えたり、食欲を失ったりもします。子どものつらそうな姿を見るとつい心配になりますが、実はこれらの症状は必ずしも害毒をもたらすばかりではなく、身体を守るための大事な生体反応でもあるのです。

 ヒトの身体には “設定体温” があり、平常時は36〜37℃に保たれています。ところが外界から病原体(細菌、ウイルスなど)が侵入すると、設定体温が39℃前後に引き上げられます。設定体温を調整しているのは、脳の中にある視床下部という小さな部分です。設定体温が変わる仕組みはこうです。体内に侵入した病原体を捕食した白血球は、インターロイキンという物質を血中に放出します。インターロイキンは血流に乗って脳に到達し、プロスタグランディンという物質の合成を促進します。プロスタグランディンは視床下部の神経細胞に作用し、設定体温を高めます。とても複雑な経路を通して、設定体温は上げ下げされているわけです。風邪をひいた直後に寒気を感じて震えることがよくありますが、これは設定体温が引き上げられた結果、37℃では寒く39℃で丁度よいと身体が感じるようになるからです。

 設定体温の上昇に伴い熱が出ることは、病原体との闘いに有利に働きます。風邪を起こすウイルスは、鼻やのどの温度である33〜34℃で最も活発に増殖します、高温になるほどウイルスの活動は低下し、増殖が抑えられます。ただし、それだけでウイルスが死滅するわけではありません。最終的には、白血球(リンパ球など)の免疫細胞の働きにより、ウイルスを処理する必要があります。熱が出ることの二つめの意義は、免疫細胞の働きが活発になり免疫応答が促進されることです。つまり、熱は病原体を撃退するための大事な防御反応なのです。

 風邪が治る際、大量の汗をかいて熱が下がります。これは病原体がいなくなるとインターロイキンが作られなくなり、プロスタグランディンも作られなくなり、視床下部の設定体温が常温に戻るからです。古来、熱が高い時は汗をかかせて風邪を治すといわれてきましたが、実は順序が逆で、風邪が治ったから汗が出て熱を放散させて体温が下がるのです。したがって、熱が出ている最中に厚着などをさせるのは間違いで、暑すぎない衣服と寝具と室温が適切です。

 熱は病的なものだから解熱薬で下げなければいけない、という概念は今も根強く残っています。しかしここまでに述べてきた理由から、何が何でも熱を下げなければならないという必然性は見当たりません。解熱薬を使ってもよいと思われる病状は、食欲がない、眠れない、頭や節々が痛いなど、体力の消耗や苦痛が著しい場合に限られます。また、熱が4日以上続いたり全身状態がよくなかったりしたら、病原体の侵襲力が強く身体が苦戦していると考えて、解熱薬で様子を見るよりも診察を早めに受けることをお勧めします。

 熱に限らず、風邪で現れるいくつかの症状は生体防御に役立ちます。たとえば、咳や鼻水は気道(鼻、のど、気管)の病原体を追い出すために、嘔吐や下痢は消化管の病原体を追い出すために、倦怠感は身体を安静に保つために生じます。身体にとって不快な症状であっても、それなりの意味があるのですね。従って、風邪の症状をすべて取り除こうとして大盛りの薬を処方するのは、良いことではありません。量が多いと子どもは飲めませんし、薬剤間の相互作用や副反応の危険性が増します。「熟練の小児科医ほどシンプルな処方をする」という格言に倣い、身体が本来持っている防御反応を尊重して、必要最小限の薬を選ぶことを常に意識しています。
 

B型肝炎ワクチンは肝癌を予防する(改訂版) 2012年06月29日(金)

   癌(がん)の発症防止に役立つワクチンは、子宮頸癌予防ワクチン(サーバリックス、ガーダシル)だけではありません。B型肝炎ワクチン(ビームゲン、ヘプタバックス-II)も肝癌を予防する意味から、癌予防ワクチンの一つに位置づけられます。

 B型肝炎ウイルス(HBV)は、肝硬変や肝癌などの重い肝臓病を起こすことがあります。しかし、HBVに感染した人すべてがそうなるわけではありません。免疫が活発に働く年齢(学童期以降)で感染すると、一時的な急性肝炎に終わるか、症状が現れないまま治るか、いずれにしてもHBVは体内から排除される場合がほとんどです。しかし免疫能がまだ十分に備わっていない乳幼児が感染すると、ウイルスはうまく排除されず、感染が生涯にわたって持続する場合があります。HBV感染後に持続(慢性化)する確率は、1歳未満で90%、1〜4歳で25〜50%、5歳以上で1%以下です。持続感染者の10〜15%が将来、重い肝臓病に進展します。他人への感染源にもなります。できるだけ小さい年齢でのワクチンによる予防が重要です。また近年、成人期でも約10%の確率で持続感染に至る”遺伝子型A”が欧州から流入し、問題になっています。本来、外来種であった遺伝子型Aは、首都圏ではすでにHBVの半数以上を占めています。

 B型肝炎ワクチンは、日本ですでに20年以上前から使用されています。ただし現在のところ保険診療の対象は、HBVに持続感染している母親から生まれた赤ちゃんに限られます。赤ちゃんは母親の産道出血を介してHBVに曝される危険が高いため、出生後まもなくからワクチンを接種する方式が定められています。母子感染の予防効果は明らかで、小児期のHBV持続感染者の割合は、事業が始まった1986年からの10年間で、0.22%から0.02%へと十分の一以下に激減しました。しかし、母子感染の防止だけではHBVの根絶には至りません。

 HBVの感染経路の大部分は出生時の母子感染ですが、頻度は高くないとはいえ、父や祖父母など家族からの感染、あるいは保育所など集団生活での感染も存在します。HBVは血液・体液を介して感染するので、歯ブラシやひげ剃りの共用、傷口への血液・体液の付着には注意が必要です。汗や唾液を介する感染も報告されています。特に、アトピー性皮膚炎などで肌に傷が多いと、接触による感染の危険が増します。現在のところ、これらの感染経路に対する予防措置は、保険診療の対象になっていません。自費で受ける任意接種の扱いです。
 
 世界保健機構(WHO)は、天然痘、ポリオに続き、HBVの絶滅を目指しています。現在、世界179ヶ国が、すべての乳幼児にHBVワクチンを接種しています。日本は残念ながら、数少ない例外国の一つです。すべての乳幼児を対象に、無料化・定期接種化が実現されるべきです。

 当院はHBVワクチンの接種をお勧めしています。すべての年齢で接種できますが、年齢が小さいほど高い効果が期待できます。生後2ヶ月のワクチン・デビューが理想的です。標準的な接種方法は、1回目から4週あけて2回目、さらに20〜24週あけて3回目です。計3回の接種が必要です。ヒブ・肺炎球菌など、他のワクチンとの同時接種も可能です。接種部位の腫れや一時的な発熱の報告はありますが、重篤な副反応はきわめて稀です。安全面では他のワクチンと変わりありません。ワクチンによる感染防止効果は20年以上続くと推定されています。追加接種の必要はないと考えられていますが、欧米の一部の国々では、思春期年齢における接種が性感染症対策の一つとして実施されています。

 (2011年5月1日、初版) (2012年3月7日、第二版) (2012年6月29日、第三版)
 

おねしょを治すためのコツ 2012年06月03日(日)

   朝起きてみたら、布団に大きな世界地図。しまった!またやっちゃった!と気付いた時にはもう遅い。子どもの頃にそんな体験をされた方は少なくないと思います。子どもにとっても親にとっても、深刻な悩みの一つである「おねしょ」について考えてみましょう。

 おねしょは、眠っている間に作られる尿の量と、その尿を蓄える膀胱の大きさのバランスが悪いときに起こります。つまり、尿量が多すぎるか、膀胱が小さすぎると、あふれた尿がおねしょとして出てきます。5〜6歳を過ぎても月に数回以上、おねしょをすることを「夜尿症」といいます。夜尿症は6歳児の約10%にみられます。まれな病気ではありません。

 夜尿症は、放っておいても自然に治ることがほとんどです。しかし、治るまでに長い期間を要することがあります。治りにくい夜尿症の特徴は、寝てすぐ(零時前)に夜尿がある、朝までに2〜3回の夜尿がある、昼間におもらし(尿失禁)をする、などです。これらを持つ子どもは、医療機関に相談することをお勧めします。そのような特徴がなくても、夜尿症を早く治したいと願う子どもは、医療機関に相談してみましょう。キャンプや修学旅行などの泊まりがけの行事が、治したいと考えるきっかけになることが多いようです。医学的に正しい治療を受けることで、夜尿症の治癒率は大幅に向上します。治療の対象となる年齢は5〜6歳以上です。当院は、小学生になってもおねしょが治らない子どもたちを診ています。

 夜尿症の子どもを持つ親御さんに求めたいことは、「怒らない、焦らない、起こさない」の三原則です。夜尿症の子どもは、好んでおねしょをするわけではありません。無意識のうちに起こったことを責められても、どうしていいのか途方に暮れるだけです。「できないことを叱らない、できたことを褒める」は育児の大原則であり、おねしょにも通用します。また、夜中に無理やり起こしてトイレに連れていくことは逆効果です。睡眠のリズムを乱されることで、抗利尿ホルモン(尿量を減らすホルモン)の夜間分泌が妨げられ、結果的に夜尿症を悪化させます。”トイレおねしょ” とでも言うべきもので、夜尿症の解決にはなりません。

 夜尿症の一部は、生活習慣を見直すだけで治ります。最も重要な事は水分のとり方です。朝から昼過ぎまでは水分をたっぷりとって構いませんが、夕食から就寝までは制限します。夕食を就寝の3時間前までに済ませる、夕食時の汁物や夕食後の果物を避ける(昼食までにとる)、夕食の塩分を控えめにする、水分の一気飲みを避ける(冷たい水より温めの水か茶がいい、または氷をなめる)などの工夫をしてみましょう。また、膀胱を大きくするために、おしっこの我慢訓練が有効な場合があります。尿意を感じてもすぐにトイレに行かず、ぎりぎりまで我慢する訓練です。ただし我慢のし過ぎは膀胱炎の原因になることがありますので、医師の指導のもとに行って下さい。冬季は寒さ(冷え性)への対策も重要です。就寝前に入浴して身体を温めたり、寝具を予め温めておくと、夜尿症の軽減につながります。

 以上の工夫をしても夜尿症が治らない場合、医療機関にご相談下さい。夜尿症を治すための薬物療法があります。1年間の治療で約50%の子どもが治ります。ただし、薬の効果には個人差が大きいです。さらに、子ども本人の意欲と家族の協力が、治療の効果に大きく影響します。夜尿症は必ず治る!と信じて前向きに取り組む姿勢が大切です。
 

ワクチンデビューは生後2ヶ月 2012年04月01日(日)

   わが国で新しいワクチンが次々に導入されています。乳幼児の対象では、2008年12月にヒブワクチン、2010年3月に小児用肺炎球菌ワクチン、2011年11月にロタウイルスワクチンが新たに加わりました。さらに、古くからあるB型肝炎ウイルスワクチンの重要性があらためて注目され、今年度中に不活化ポリオワクチンが正式に認可される見通しです。また、女子中高生の対象では、2009年12月に子宮頸がん予防ワクチンが加わっています。これらのワクチンは、欧米先進国のみならず中進国や発展途上国でも “普通に” 接種されているものばかりです。効果や安全性(同時接種を含めて)は、すでに確証が得られています。ワクチン後進国だったわが国は、接種できるワクチンの種類については、ようやく他国に追い付きました。しかし、接種費用の負担についてはまだ不十分です。あらゆるワクチンが定期接種化(または公費助成)できるように、今後も国や地方自治体に働きかけていきます。

 これだけワクチンの種類が増えると、いつどのように接種してよいか分からないと戸惑う方が多いと思います。「VPDを知って子どもを守ろう」の会が推奨するスケジュールでは、生後2ヶ月でヒブ、小児用肺炎球菌、ロタ、B型肝炎の各ワクチンを同時接種して、生後3ヶ月以降につなげています。詳細は同会のホームページ(http://www.know-vpd.jp/)をご参照ください。当院のホームページのトップからもリンクしています。なお、VPDとは vaccine preventable diseases(ワクチンで防げる病気)の意味です。

 赤ちゃんは免疫力が未発達で、母親からもらった免疫が切れた後は、病原体に対して無防備な状態です。かかると重症化しやすい感染症(VPD)から赤ちゃんを守るために、ワクチンはとても重要です。また、ワクチン接種者が増えれば、社会全体からVPDを減らすことも可能になります。当院は以下の原則を掲げて、ワクチン接種を皆様に積極的にお勧めしています。

1) VPDには確実な治療法がない。時に重い合併症を生じる。だから予防が第一
2) VPDの数は多くない。予防できる病気はすべて予防しよう
3) 任意接種も定期接種と同じく重要。お金はかかるけど、子どもの健康は何よりも大切。接種する方が、結局は安心
4) ワクチンの安全性は高い。同時接種も大丈夫
5) VPDは待ってくれない。接種できる年齢になったらすぐに接種を。ワクチンデビューは生後2ヶ月で。BCGよりもヒブや小児用肺炎球菌ワクチンを先に
6) ワクチン接種の目的は二つ。自分がかからないために(もしかかっても軽く済むために)、そして、周囲の人にうつさないために

 追記(2013年3月17日);2013年4月から、BCGの接種期間が「生後3ヶ月以上12ヶ月未満」に延長されます。BCGよりもヒブや小児用肺炎球菌ワクチンを先に接種することをお勧めいたします。
 

新登場「ロタウイルス ワクチン」(改訂第二版) 2012年03月03日(土)

   ロタウイルス胃腸炎は、大多数(95%以上)の子どもが5歳までに一度はかかる病気です。生後6ヶ月から2歳頃に初感染のピークがあります。低年齢でかかるほど重症化しやすく、入院治療が必要な場合もあります。日本では、年間に120万人がかかり、79万人が外来を受診し、7.8万人が入院し、10〜20人が死亡します。世界に目を向けると、年間に1.1億人がかかり、52.7万人が死亡します。子どもの胃腸炎の中で最大級の重症度です。ただし、ロタウイルスに一度かかると免疫がつくので、その後はかかっても胃腸炎の症状は軽くなっていきます。

 ロタウイルスは、冬の後半から春にかけて流行します。ロタウイルス胃腸炎にかかると、激しい嘔吐と水のような下痢便が数日間続きます。他のウイルスによる胃腸炎よりも回復に時間がかかります。ロタウイルス自体に効く薬はなく、こまめな水分・塩分補給で脱水を防ぎ、身体がロタウイルスを追い払うのを待つしかありません。また、ロタウイルスは重度の脱水のほかに、痙攣や脳炎・脳症など中枢神経系の重い合併症を起こすことがあります。

 ロタウイルスは感染力が強く、保育施設などでひとたび誰かが発症すると、どんなに手洗いと消毒に努めても、感染の拡大を抑えることは困難です。感染力が強い理由は二つあります。一つは、便中に排出されるウイルス粒子の数が多いこと。便1g中に数億から数兆個の粒子が含まれます。また、発症前からウイルスの排出が始まり、胃腸炎の症状が治まった後も1週間は排出されています。二つめは、ウイルスの生存力が強いこと。乾いた無生物(家具、タオル、玩具など)上でも約10日間生き延びられます。さらに、石けんや消毒用アルコールで死滅しません。塩素系漂白剤(ハイターなど)や哺乳瓶用の消毒液(ミルトンなど)が必要です。

 ロタウイルスから子どもを守るために、十数年前からワクチンの開発が進められてきました。1998年に作られた第一世代ワクチンは、腸重積を合併しやすい可能性が指摘され、発売中止を余儀なくされました。2004年に作られた第二世代ワクチンは、腸重積との関連が認められず安全性が確保されています。米国で2005年に定期接種が始まり、ロタウイルス胃腸炎を87〜95%減少させることに成功しました。世界保健機関(WHO)は2009年にロタウイルスワクチンを子どもの最重要ワクチンの一つに指定し、定期接種への導入を推奨しています。現在、世界120ヶ国を超える国々でワクチンが接種され、その安全性と効果が証明されています。日本で行われた臨床試験においても、ワクチンはロタウイルス胃腸炎を92%予防することが確認されました。また、腸重積などの重い副反応は一例も報告されませんでした。

 二種類のロタウイルスワクチン(ロタリックス、ロタテック)は、どちらもシロップ状の経口生ワクチンです。注射剤ではありません。2011年11月に先行して発売されたロタリックスの接種スケジュールは、「一回目接種を生後6週から。二回目接種を最低4週あけて。ただし二回目接種は生後24週0日までに完了」です。当初、一回目接種は遅くとも生後20週までとしていましたが、腸重積のリスクをさらに減らすために、「一回目接種を生後14週6日までに」と4月1日から改訂いたします。よろしくご承知おきください。ロタワクチンは他のワクチンとの同時接種が可能です。理想的なスケジュールは、生後2ヶ月ですぐにロタ、ヒブ、肺炎球菌の各ワクチン(できればB型肝炎ワクチンも)の同時接種です。生後早期に免疫をつけることが肝要です。以後の接種スケジュールは当院で相談を承ります。なお日本では残念ながら、ロタワクチンは定期接種ではなく任意接種の扱いです。ワクチン接種には高額の費用がかかります。それでも費用対効果を考えた場合、接種する価値は十二分に高いと考えます。

 (2011年9月21日 初版掲載、 2012年3月3日 改訂第二版)
 

「健康に良い食品」には要注意 2012年02月24日(金)

   トマトの成分に脂肪燃焼効果があると2月10日に発表、報道されて以来、トマトジュースが爆発的に売れて品薄状態に陥っているようです。学術発表の中身は「トマトに中性脂肪を減らす成分が含まれている」でしたが、これをメディアが「トマトはメタボ予防に効果あり」と言い換えて煽ったことでブームに火がつきました。しかし、トマトジュースの過剰な摂取は塩分の過多につながりますし、メタボの発症機構はきわめて複雑であって、トマトを摂取したから万事よしという単純な話ではありません。医学的な効用は眉唾物でしょう。過去に似たような事例として、寒天、納豆、ココア、にがり、バナナなどが一時的に持て囃されましたが、いずれも明確な効果を示すことなく消え去っていきました。ある種の食べ物や栄養素が健康に良いと “過大に” 評価し信奉することを「フードファディズム(food faddism)」といいます。ファドは英語で「のめり込む」という意味です。

 フードファディズムの問題点は、食生活を誤った方向に導くこと、そのために健康を損なう場合があることです。身体に良いとされる食品をとりすぎて太ってしまったり、身体に悪いとされる食品をとらずに栄養のバランスを崩したり、さまざまな弊害が起こり得ます。たとえば、牛乳が良いと信じて一日に1〜2リットル飲まされていた子どもが、他の食品をほとんど口にしなくなったケースがあります。おまけに鉄欠乏性貧血を併発してしまいました。また、アレルギーが心配だからといってタンパク質を含む食品をいっさい与えられなかった子どもが、重度の栄養障害(体重増加不良と発達遅滞)をきたしたケースもあります。何事も “ほどほど” が良いのであって、極端な栄養法は百害あって一利なしです。

 サプリメントや健康食品にも注意が必要です。成人に有用であっても、子どもには有害な成分があります。もしかして、医薬品成分が含まれているかもしれません。また、特定成分の大量摂取により副反応を起こす場合もあります。たとえば、ビタミン類の多くは余剰分が尿中に排泄されますが、ビタミンAやDは身体に蓄積して有害な作用をもたらします。過ぎたるは及ばざるがごとしです。そもそも、親が子どものために愛情を込めて作る食事には、成長と発達に必要な栄養素がすべて詰まっています。わざわざ余計な成分を付け加える必要はありません。「脳の発達に良い」「骨が伸びる」「集中力を高める」などを謳い文句にする商品もありますが、親の期待と不安につけこむ悪質な宣伝であり、薬事法に違反しています。医学的にみて、そのような夢の食品は存在しません。

 フードファディズムに陥らないための秘訣があります。第一に、メディアの垂れ流す情報を鵜呑みにしないことです。メディアは視聴率至上主義です。売れ筋の情報には、視聴者の関心を引くための虚偽、誇張、事実誤認が数多く含まれています。学術論文を引用して科学的裏付けを装っていても、都合のよい部分だけを取り上げて強調している場合もあります。情報が洪水のように氾濫する中、その真偽を冷静に判別する能力を育てたいものです。メディアに踊らされてはいけません。第二に、「食事さえ良ければ病気は防げるし治る」という、食事に対する過度の期待をいだかないことです。食事と栄養が健康の重要な要素であることは間違いありませんが、ほかに運動、休養、情緒、医学(予防、治療)なども健康の重要な要素です。一つの要素に偏らない、バランスのとれた接し方が大切です。
 

インフルエンザの感染予防対策 2012年01月04日(水)

   インフルエンザの流行の中心となるのは15歳以下の小児です。保育園・幼稚園・学校などの集団生活施設で集団発生し、家族を通して地域全体に広がっていきます。インフルエンザにかかると重症化しやすい高齢者や乳幼児や基礎疾患を持つ人を守るために、そして地域における流行や蔓延を抑えるために、小児の集団生活における感染対策はきわめて重要です。

[1] インフルエンザワクチン
 インフルエンザ対策の基本はワクチン接種です。日本では昨季から、A2009年型(いわゆる新型)/A香港型/B型の3価ワクチンが使用されています。ワクチンの有効率は、2009〜10年は約70%でしたが、2010〜11年は20〜30%に落ち込みました。2011〜12年の今季は、接種量が増えたことにより、有効率が上がることを期待したいです。

 インフルエンザワクチンの効果は、残念ながら満足できるレベルにありません。ワクチンを接種してもかかる人はいますし、ワクチンを接種しなくてもかからない人もいます。しかし、たくさんの人を集めて数えてみると、やはりワクチンを接種した人の方がワクチンを接種しない人に比べてインフルエンザにかかりにくいのです。ワクチンの対象を「集団」として見て「効果あり」とする報告は、日本からも世界各国からも出ています。たとえば、小児にワクチンを接種すると、その家族の発熱疾患が減るというデータがあります。また、ワクチンを接種した小児がたくさん地域にいると、その地域のワクチンを接種しなかった人もインフルエンザにかかりにくくなるというデータがあります。逆に、学童集団接種を中止したら、高齢者施設でインフルエンザが流行して多数の肺炎の死亡者が出たり、乳幼児の脳症が多発したデータもあります。これは日本発の報告です。つまり、小児集団を守ることは、その地域全体を(したがって構成員である個人、とくに高齢者や乳幼児を)守ることにつながっています。

 では、ワクチンを接種することで重い合併症を予防できるでしょうか。たとえば、ワクチンの有効率を50%、インフルエンザ脳症で死亡する小児を年間50人と仮定します。その50人全員がワクチンを接種していたら、25人はインフルエンザを発症せず、当然、脳症にもなりません。残りの25人はインフルエンザを発症しますが、脳症になるか、普通のインフルエンザで済むか、これはまだよく分かっていません。インフルエンザによる重症肺炎の予防効果についても同じことが言えます。重い合併症はインフルエンザにかかった人の中から出るので、ワクチンを接種してインフルエンザにかかる人を減らすことには大きな意義があります。なお、高齢者については、ワクチン接種で死亡が8割、入院が5割、感染が3割減ることが確かめられています。

[2] 飛沫感染対策
 インフルエンザの主な感染経路は、咳やくしゃみで発せられる飛沫です。飛沫の中には大量のウイルスが含まれています。インフルエンザの迅速診断を鼻水で行うことからも、鼻やのどにウイルスがたくさんいることをご想像いただけるでしょう。飛沫はせいぜい1〜2メートルしか飛びませんから、理論上は他人との距離を2メートル以上に保っていれば感染せずに済みます。しかし、現実にはどうでしょうか。明らかにインフルエンザにかかっている人を避けることはできても、感染しても症状がない「不顕性感染例」や、高熱や重い咳を伴わず当人も周囲もインフルエンザと思っていない「軽症例」あるいは「発症初期例」まで排除することはできません。また何よりも、子ども同士が2メートルの距離を保ち続けることは難しいでしょう。したがって、完璧な対策は無理であろうと思います。

 せめて、咳やくしゃみをしている人は「咳エチケット」を心がけてください。咳エチケットの要点は、(1) 咳やくしゃみを他人に向けて発しない、(2) 咳やくしゃみをする時はハンカチやティッシュペーパーで口と鼻を被う、(3) 咳やくしゃみを受け止めた手、鼻をかんだあとの手はよく洗う、(4) 咳やくしゃみが出ている時はマスクを正しく着用する、などです。これだけでも集団生活における流行をかなり軽減することができます。さらに、室内の加湿、空気の入れ替えもある程度は有効です。乳幼児の場合、人混みを避けることも大切でしょう。

[3] 接触感染対策
 インフルエンザのもう一つの感染経路は接触感染です。インフルエンザにかかっている人から直接触れられる場合(握手など)と、器物(ドアノブ、おもちゃ、手すりなど)を介する場合があります。いずれの場合も、感染者の飛沫(咳、くしゃみ)、鼻水、唾液などに汚染されたものを手に触れて、それを口や鼻にもっていくことでウイルスが侵入します。咳エチケットの項でも述べましたが、インフルエンザにかかっている人は「咳やくしゃみを受け止めた手、鼻をかんだ後の手をよく洗う」「汚れたままの手であちこち触らない」、かかっていない人は「なにかに触れた後は手をよく洗う」「汚れたままの手で口や鼻をむやみに触らない」ことが大切です。


 インフルエンザの治療法は昨今、大幅に進歩しています。従来のタミフルとリレンザに加え、イナビル(1回の吸入により5日間有効)、ラピアクタ(1回の点滴により5日間有効)などの新しい治療薬が続々と登場し、今後も数種類が出てくる予定です。しかし、治療が進歩しても、予防の重要性に何ら変わりはありません。ワクチンによる予防を徹底し、集団免疫効果により感染者の発生を減少させることが大切です。かかった後の拡大防止策にも十分に留意する必要があります。

 ※ 参考図書:予防接種は「効く」のか?  岩田健太郎 著、光文社新書(2010年)
 

同時接種のメリットは数多ある 2011年11月13日(日)

   本年2月にヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの公費助成が始まり、さらに11月下旬にロタウイルスワクチンの発売が決まり、乳児期早期に接種すべきワクチンの種類と回数が大幅に増えました。病気にかかりやすい年齢(月齢)に達する前に免疫を獲得するために、複数ワクチンの同時接種は今や欠かすことのできない大事な方法です。

 本年3月にワクチン接種後の乳幼児死亡の報告が相次ぎ、同時接種の安全性に対する疑問と不安が高まりました。直後に開催された専門医と有識者による検討会で、「死亡とワクチン接種との間に直接的な因果関係は認められない」「同時接種で重い副反応の増加は認められず、安全上の懸念はない」と結論づけられました。これを受けて4週後から同時接種が再開されましたが、同時期に東日本大震災が重なったため、安全宣言と再開の報道はごく小さな扱いに留まりました。その結果として、同時接種への漠然とした不安はいまだに払拭されていません。

 日本で満1歳の誕生日を迎えられない乳児は年間に2千人余。1日に数人の割合です。そのため、ワクチンを接種した乳児が数日以内にたまたま別の病気(先天異常、急性感染症、SIDSなど)で亡くなる可能性が避けられません。このような真の副作用ではない「まぎれ込み」の事例に対しても、健康被害の救済措置が適用され補償を受けることができます。とても優れた制度です。しかしこれをワクチンの副反応と混同した報道が時々あり、ワクチンは非常に危険との誤解を国民に与えています。

 同時接種に話を戻しますと、これは20年以上も前から世界中の国々で、先進国から途上国まで、普通に安全に実施されています。効果も副反応も同時接種と単独接種で差がありません。すでに数々の臨床研究で確認済みです。すべての種類のワクチンが同時接種でき、本数の制限もありません(ただし大和市と座間市では、異なる医療機関における同日接種は認められていません)。

 同時接種の利点を挙げてみますと、
1) 免疫をより早く付与できます。とくにヒブと肺炎球菌による細菌性髄膜炎は、乳児期に最も多く発生します。百日咳も同様です。病気はワクチンが済むまで待ってくれません。
2) 副反応の観察期間を同時接種の数だけ短縮できます。接種後の「まぎれ込み」を減らすこともできます。ワクチンを一種類ずつ別の日に接種する方が、まぎれ込みのリスクが増します。
3) 来院回数を減らせます。時間的な節約だけでなく、感染の機会を減らす点でも有利です。予防接種の時間帯でも、発症前の潜伏期にある感染症の人と同席する可能性がありますので。

 同時接種の欠点はとくに見当たりません。子どもは日常的に多くの細菌とウイルスにさらされており、一度に多くのワクチンを接種しても免疫系に過剰な負担がかかることはありません。効果は十分にあります。また、副反応の頻度も変わりません。むしろワクチンと無関係の「まぎれ込み」を減らすことができます。なお、ワクチン接種直後の急激なアレルギー反応(アナフィラキシー)のリスクは、同時接種後も単独接種後も同じです。ワクチンに限らずあらゆる薬剤で稀に起こり得ます。接種後少なくとも30分間、子どもの顔色をよく観察してください。

 この数年間、ヒブ、小児用肺炎球菌、子宮頸癌、ロタなど新しいワクチンが次々に導入され、ワクチン後進国だった日本もようやく先進国の仲間入りを果たしつつあります。しかし、これらが任意接種の扱いに留まっていること、同時接種の活用が遅れていることなど、残された課題はまだまだ多いと感じます。日本の予防接種が世界標準に達するまでには、まだしばらくの時間がかかりそうです。
 

放射線の最新情報 〜大和市域を中心に〜 (10月11日に情報を追加しました) 2011年09月11日(日)

   東日本大震災から半年が経ちました。被害に遭われた方々に、衷心よりお見舞いを申し上げます。同時に起こった福島第一原発事故の影響は今なお深刻です。しかし、回復の兆しも見え始めています。現時点で判明している放射線の情報を皆様にお伝えいたします。主な情報源は「日本保健物理学会」「日本原子力学会」「放射線から子どもの命を守る」等です。

[放出された放射性物質] 大部分はヨウ素とセシウムです。その他のストロンチウム、プルトニウムなどの核種はほとんど放出されていません。ヨウ素131の半減期は8日で、今は検出できないレベルに下がっています。セシウム137の半減期は30年で、今後も検出されます。

[大気] 事故直後に大気中に放出された放射性物質は、すでに地表に固着しており、空気中にほとんど漂っていません。現在、福島第一原発の20km圏外において、大気中の放射性物質はほぼ存在しないと考えてよいと思います。なお、事故直後の1ヶ月間、東京近郊で最も高かった線量率「0.3マイクロシーベルト(μSv)/時」を用いて被爆量を計算すると、0.3 × 24時間 × 31日 = 0.22ミリシーベルト(mSv)です。これは自然界(宇宙線、地殻など)から受ける放射線の月平均 0.2mSvと同レベルです。この期間に屋外で活動していたとしても、また雨に濡れたとしても、健康が阻害された可能性はきわめて低いと考えられます。

[土壌] 土壌に存在する放射性物質は、現在、ヨウ素131は減衰して検出されず、@ 地表に降下したセシウム134とセシウム137、A 元々自然界に存在する放射性物質(カリウム40、トリウム232等)が主な放射線源です。土壌からの放射線量は、大和市内の保育園や小中学校の校庭と砂場で定期的に計測され、大和市のホームページに公表されています。最新(9月9日)の計測値は0.05〜0.08μSv/時 です。これは平時に観測される 0.1μSv/時弱 と同レベルであり、国際放射線防護委員会(ICRP)が定める被爆限度値 0.19μSv/時(≒ 1mSv/年)を下回っています。ゆえに、屋外での活動を制限する必要はないと思います。また、文部科学省は校庭の除染基準を1μSv/時 と定めていますので、除染が必要な箇所は大和市内にはありません。なお、地表に固着したセシウムが空気中に再浮遊する心配はほとんどないと考えられています。

[飲食物] 現在、スーパーマーケット等の店頭で販売されている食料品は、市場に出回る前に放射性物質の検査が行われており、暫定規制値以下であることが確認されています。安心して食べられます。また、現在の水道水中の放射線量は、暫定基準値を十分に下回っています。大気中の放射線物質の混入が再び起こる可能性はきわめて低いです。安心して飲めます。

[甲状腺検査や白血病の血液検査] 放射線レベルの高い福島第一原発付近(川俣町と飯舘村)に住む15歳以下の子どもの甲状腺被曝の調査を専門機関が行なった結果、甲状腺癌の発生の危険性は無いことが確認されました。東京近郊における放射線量はさらに小さいことから、発癌に及ぶ可能性はきわめて低く、検査を受ける必要は今のところありません。ただし、成長期にある子どもは大人よりも放射線への感受性が2〜3倍高いため、今後の動向を注視していきます。

[放射線被曝の影響] 地球上の生物は自然界からの放射線(世界平均で年間2.4mSv)と元々共存しており、一定限度以下の線量であれば健康が阻害される可能性はきわめて低いです。しかし、子どもや妊婦には特別な配慮が必要ですので、今後も適正な情報を集めてまいります。


[参考]
・放射線による発癌リスク;100mSvを超えると発癌リスクが徐々に上昇する(逆に100mSv未満ではリスクの上昇なし)
・放射線による胎児への影響;100mSvを超えると先天奇形や精神遅滞などのリスクが上昇する(逆に100mSv未満ではリスクの上昇なし)
※ 福島県民の方々で100mSvを超える線量はありませんでした。概して10mSv以下です。
・医療その他における放射線量(一回あたり);胸部X線 0.05mSv、胃のX線検診 0.6mSv、胸部CTスキャン 6〜7mSv、東京〜ニューヨーク間の飛行機(往復) 0.19mSv
・自然界から受ける放射線量(年間あたり。世界平均);宇宙線 0.38mSv、地殻 0.48mSv、食物 0.24mSv、大気中のラドン 1.30mSv
・平均寿命が短縮される日数;タバコ(1日20本) 2250日、肥満 900日、酒 130日、自然界の放射線 8日


最新ニュース(9月12日)
 福島県は12日、警戒区域や計画的避難区域など福島第一原発の周辺から避難した11市町村、3737人に行った内部被曝の先行調査の結果を発表し「健康に影響を及ぼす人はいなかった」とした。(中略)浪江町の2人の子供が2mSv以上、同町の5人の子供が1mSv以上だったほか、全員が1mSv未満だった。福島県は検査対象者全員について、健康への心配はないと判断した。


最新ニュース(10月11日)
 福島県から長野県に避難した子どもの甲状腺検査に「変化」がみられたと、一部の報道機関が発表しました。その内容は「130人中10人で甲状腺ホルモンが基準値を下回るなど、甲状腺機能に変化があったことが10月4日分かった。健康状態に問題はなく原発事故との関連は不明(以下略)」 いかにも保護者の不安を増幅させる報道内容です。
 筆者(玉井)も属する日本小児内分泌学会は、検査を実施した信州大学から個人情報を削除した実際のデータを受け取って慎重に検討した結果、「今回の検診で得られた “検査値の基準範囲からの逸脱” はいずれもわずかな程度であり、一般的な小児の検査値でもときにみられる範囲である。これらの検査結果を放射線被ばくと結びつけて考慮すべき積極的な理由はない」と発表しました。
 被爆後数ヶ月という短期間に甲状腺疾患が発症するには、相当量の放射性ヨウ素の被爆を要します。しかし、福島第一原発事故後の小児甲状腺被爆線量調査において、甲状腺機能に変化をきたすような高線量は一人も報告されていません。そうしたことを考え合わせますと、検査値のわずかな逸脱と放射線被曝を結びつけるべき積極的な理由はないと考えられます。詳細は日本小児内分泌学会のホームページをご参照ください(http://jspe.umin.jp/shinsai.htm)。

 過度の楽観はいけませんが、過度の心配や不安もいけません。放射線に関しては不安を煽る報道が多々みられますが、当コラムは正確で偏りのない医学情報をお届けできるように努めます。今回の報道につきましても、保護者の皆様には心配には及ばないことをお伝え申し上げます。
 

ワクチンで子宮頸癌を予防する(改訂第二版) 2011年09月01日(木)

   ワクチンは感染症を予防するばかりでなく、癌(がん)の発症防止にも役立っています。ここに紹介する「2価ヒトパピローマウイルス様粒子ワクチン(サーバリックス)」は、女性の子宮頸癌を予防する画期的なワクチンです。

 子宮頸癌は女性特有の癌として乳癌に次いで多く、日本では毎年約15000人が発症し、約3500人が死亡しています。特に若い世代(20〜40歳)に起こりやすく、結婚や妊娠・出産を迎える年代にとって大きな脅威です。検診で早期発見と治療が可能ですが、日本における受診率が約20%と先進国中で最低のため、いまだ根絶には程遠い状態です。

 子宮頸癌はヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染によって発症します。HPV自体はごくありふれたウイルスですが、感染者の千分の一が子宮頸癌に進行します。HPVの中で最も危険な型は16型と18型です。悪性化するスピードが速く、高い発癌性を有します。この2種類が子宮頸癌の原因の約70%を占めます。他にも13種類ほど(45型、31型、52型、58型など)が発癌性を有し、子宮頸癌の原因の残り30%を占めます。

 HPVの子宮頸部への感染は、ほとんどが性交渉によるものです。性交経験のある女性の約80%が、発癌性を有するHPVに一度は感染するとされています。しかし、HPVに感染してもほとんどは一過性で、ウイルスは自然に排除されます。ごく一部のケースで(千分の一の確率で)ウイルスが排除されずに持続感染し、数年から十数年かけて前癌病変から癌に進行します。

 サーバリックスは、子宮頸癌を起こす危険度が特に高いHPV16型と18型に対する免疫を作るワクチンです。このワクチンを接種することにより、HPV16型、18型の子宮頸部への感染を完全に排除することができます。また、構造上16型に近い31型、18型に近い45型に対してもある程度の予防効果が認められます。サーバリックスはHPVの殻だけで出来ており、HPV自体を含んでいないため、感染力も発癌性もありません。安全度のきわめて高いワクチンです。

 初交前の子どもにサーバリックスを接種すると、子宮頸癌の発生を約70%防ぐことができます。すでに性交経験のある15〜45歳の女性に対しても、一定以上の効果を期待できます。ただし、16型と18型(一部、31型と45型)以外のHPVに対する免疫効果は、サーバリックスにはありません。また、万一すでに前癌病変や癌化が始まっている場合、その進行を食い止める力はありません。したがって、サーバリックスを接種したからもう大丈夫ということではなく、20歳以上を対象として2年に1回実施される子宮頸癌の定期検診は必ず受けてください。

 子宮頸癌予防ワクチンは2006年に初めて認可され、現在、約120ヶ国で使用されています。日本では2009年12月に導入されました。ワクチンは10歳以上の女性に接種できます。公費助成の対象は中学一年から高校一年です(今後、制度が変わる可能性があります)。接種は0、1、6ヶ月後の計3回で、上腕三角筋部に筋肉内接種します。予防効果は、少なくとも20年間は維持されると推計されています。

 なお、2011年9月に「4価ヒトパピローマウイルス様粒子ワクチン(ガーダシル)」が他社から発売されました。こちらも子宮頸癌(HPV16型、18 型)に対してすぐれた予防作用を発揮します。また、性感染症の尖圭コンジローマ(HPV6型、11型)の予防作用もあります。接種は0、2、6ヶ月の計3回で、上腕三角筋部に筋肉内注射します。

 当院で子宮頸癌予防ワクチンの受付を行っています。詳しくは「お知らせ」欄を御覧ください。


【追記(9月3日)】
 2011年9月15日から、サーバリックス、ガーダシルの両ワクチンが、公費助成の対象になります。どちらを選んでいただくか、少々悩ましい問題が生じました。

 サーバリックスは、子宮頸癌の原因になる高リスク型(16、18型)のヒトパピローマウイルスを予防します。ガーダシルは、高リスク型(16、18型)に加えて、尖圭コンジローマ(性器いぼ)など性感染症の原因になる低リスク型(6、11型)のヒトパピローマウイルスも予防します。

 単純に比較しますと、低リスク型(6、11型)の予防効果も併せ持つガーダシルの方が優れているように見えます。しかし高リスク型(16、18型)に対する予防効果について、サーバリックスの方が免疫抗体価の上昇が良いこと(ガーダシルの2〜9倍)、他の高リスク型(31、45型)に対する交差反応が良いこと、免疫抗体価の持続期間が長いこと(ガーダシルの2倍以上)など、サーバリックスの方に軍配が上がるようです。子宮頸癌の予防に特化すれば、サーバリックスの方が優れているように見えます。ただしこれは米国の臨床データであり、日本では両者の直接比較研究は行われていません。

 以上から、サーバリックス、ガーダシルには一長一短の性質があり、どちらが優れているとは一概に決められません。どちらも優れたワクチンであるというのが結論です。皆様のご希望に添ったワクチンを接種いたします。ただし、ガーダシルの発売当初は供給量が十分ではありませんので、サーバリックスをお勧めする場合もあります。ご了承ください。

(2011年1月23日 初版、 9月3日 改訂第二版)
 


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