院長からのメッセージ

抗生物質の適正使用を(2007年6月4日 掲載) 2010年05月12日(水)

   AERA(アエラ)の最新号(6月4日)に「子どもに薬が効かない」と題する記事が載っています。「抗生物質の乱用が耐性菌を増やす。耐性菌に感染すると病気が治りにくく危険である」という内容です。抗生物質は本来、細菌から身を守ってくれる特効薬のはず。いったい何が起こっているのか、検証してみましょう。

 耐性菌とは、抗生物質が効かない細菌のことです。抗生物質を安易に漫然と使い続けると、体内で大多数を占める感受性菌が淘汰され、少数の耐性菌だけが生き残ります。これを繰り返しているうちに、生き残った耐性菌ばかりが増殖し多数派に転じます。その結果、抗生物質の効きにくい身体になってしまうわけです。

 耐性菌は10年ほど前から急速に増えています。特に日本において、その傾向が顕著です。子どもの呼吸器感染症の二大原因菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌(Hib。冬に流行するインフルエンザとは別物)では、すでに耐性菌が感受性菌を大幅に上回っています。しかも、耐性菌の比率は年々増加する一方です。当クリニックの日常診療でも、抗生物質の効きにくい中耳炎や気管支炎・肺炎をしばしば経験します。

 抗生物質の使用量と耐性菌の間には、明確な相関関係があります。欧米諸国では、抗生物質の使用抑制策を国が打ち出して(一部では法規制まで設けて)、乱用を禁止しています。その結果、耐性菌はまだ深刻な問題と化していません。しかし日本にはそのような規制がなく、抗生物質は垂れ流し状態で使われています。日本は世界の中でも飛び抜けて抗生物質の使用量が多い国です。

 抗生物質が多用される背景には、日本人の根強い「薬物信仰」があります。数年前の外来小児科学会のアンケート調査で、「風邪に必ず抗生物質を出す」と回答した医師が37%もいました。「ちょっと心配だから」「一応」「取りあえず」などの安直な理由で、あるいは「熱があるのに抗生物質を出してくれなかった」という評判を気にして、抗生物質がいとも簡単に処方されます。しかし風邪の原因の80〜90%はウイルス感染です。そもそもウイルスは、抗生物質が効かない代わりに、体内の免疫の働きで自然に排除されます。抗生物質のおかげで熱が下がったように見えても、実は何の役にも立っておらず、耐性菌の下地を作ったに過ぎません。風邪の中で抗生物質を必要とする細菌感染症は10〜20%です。

 いかにして抗生物質を必要とする病気を見分けるか!? これこそ医師の腕前が問われる場面でしょう。丁寧な問診と診察、必要に応じた検査、そして慎重な経過観察。この三つがそろって初めて、抗生物質の適正使用が可能になります。抗生物質の対象となる呼吸器感染症は、風邪のごく一部、風邪以外の中耳炎・肺炎・副鼻腔炎などです。そしていったん使うと決めたら、用法と用量を守って最後まで飲み切ることが大切です。

 耐性菌は個人レベルにとどまらず、子ども社会全体の問題でもあります。保育園や乳幼児教室など低年齢層の集団で、耐性菌をかかえている子どもが風邪をひくと、それが抵抗力のまだ乏しい他の子どもたちに次々と感染します。日ごろ抗生物質を飲んでいないのに、いきなり耐性菌による肺炎にかかった!という事態も起こり得ます。
抗生物質の安易な使用のツケが今、子どもたちの身に回ってきています。われわれは抗生物質の適正使用を強く心がけて、細菌の逆襲をかわさなければなりません。
 

新規のワクチン二種(2010年1月13日 掲載) 2010年05月12日(水)

  [1] 肺炎球菌ワクチン [ワクチン名;プレベナー]
 肺炎球菌とヘモフィルス菌(ヒブ)は、細菌性髄膜炎を起こす病原菌です。髄膜とは脳を包み込む膜です。頭蓋骨と脳の間にあり脳を守るクッションの役割を果たしています。髄膜炎とは、この髄膜に病原体が侵入して起こる病気です。脳と隣り合った場所にあるために、脳にもしばしば深刻な打撃を与えます。わが国では年間に約1000人の小児が細菌性髄膜炎にかかり、5〜10%が死亡し、20〜30%がけいれんや難聴などの重い後遺症を残します。
 肺炎球菌もヒブも身近にいるありふれた菌です。通常は、鼻の奥(鼻咽腔)に侵入した後、おとなしく定着して大きな問題を起こしません。この状態を「保菌」といいます。集団保育に入っている0〜3歳児の約80〜100%が、肺炎球菌とヘモフィルス菌(ヒブ)を保菌しています。おとなしく潜んでいた菌が、何らかのきっかけで鼻咽腔から血液に侵入し、さらに髄膜を侵して髄膜炎を起こすことがあります。小児の誰もが細菌性髄膜炎に罹患する危険性をかかえています。
 肺炎球菌とヘモフィスル菌(ヒブ)に対するワクチンはすでに実用化され、世界各国で絶大な効果をあげています。ヒブワクチンは1990年代に導入され、現在100ヶ国以上で定期接種に組み込まれています。肺炎球菌ワクチンは2000年に導入され、現在41ヶ国で定期接種に組み込まれています。これらの国では、肺炎球菌やヘモフィルス菌(ヒブ)による細菌性髄膜炎はほとんど見られません。すでに過去の病気と化しています。「ワクチン貧国」と揶揄されている日本は、世界に遅れること約20年、一昨年の12月にヒブワクチンが導入され、今年3月頃に肺炎球菌ワクチンが導入される見通しです。残念ながら、定期接種ではなく任意接種の扱いです。しかし自費負担であっても接種を強くお勧めしたいワクチンです。対象は9歳未満の小児ですが、特に2歳未満の乳幼児に必要とされています。
 肺炎球菌ワクチンの効果につきましては、次号のコラムでさらに詳しくお伝えいたします。

[2] ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン [ワクチン名;サーバリックス]
 ワクチンは感染症を予防するばかりでなく、癌(がん)の発症防止にも役立っています。ここに紹介するHPVワクチンは、女性の子宮頸癌を予防するワクチンです。
 子宮頸癌は女性特有の癌として乳癌に次いで多く、日本では毎年約15,000人が発症し、約3,500人が死亡しています。特に若い世代(20〜40歳)に起こりやすい癌です。子宮頸癌は検診で早期発見が可能ですが、日本における受診率が24%と先進国中で最低のため、いまだ根絶には程遠い状態です。
 子宮頸癌はヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって起こります。HPV自体はごくありふれたウイルスですが、感染者の千分の一が子宮頸癌に進行します。セクシャルデビュー前の子どもにHPVワクチンを接種することにより、子宮頸癌の発生および死亡が約70%減少します。すでに性交経験のある15〜45歳の女性に対しても、ワクチンの効果が期待できます。発症を防止できない残り30%は、定期検診によって早期発見・治療が可能です。HPVワクチンは2006年に初めて認可され、現在、世界100ヶ国以上で使用されています。米国、カナダ、EU諸国、豪州では公費負担でワクチンを接種できます。その効果と安全性は実証済みです。「ワクチンと検診」が子宮頸癌予防のスタンダードになっています。欧米に大きく出遅れましたが、日本でも昨年12月にようやく導入されました。対象は10歳以上の女性です。残念ながらこちらも任意接種の扱いですが、子宮頸癌は女性であれば誰もが罹患する可能性があるので、自費負担であっても接種を強くお勧めしたいワクチンです。
 

急増する百日咳(2008年7月6日 掲載) 2010年05月12日(水)

   百日咳は、主に乳幼児の間で流行する呼吸器感染症です。1歳未満の乳児が百日咳にかかると生命に危険が及ぶため、古来よりワクチンによる制圧が進められてきました。現在、三種混合ワクチン(ジフテリア・破傷風・百日咳 = DTaP)の接種率は95%を超え、百日咳にかかる乳幼児の数は激減しています。ところが、数年前から成人の間で百日咳の報告が増え始め、乳幼児への影響が懸念される事態に陥っています。昨年、四国の2大学で百日咳の流行的多発がみられたことは、皆様のご記憶にもあることと思います。

 なぜ成人の百日咳が増えているのでしょうか。百日咳に対するワクチンの免疫効果は5〜10年で減衰します。そのため、成人になると百日咳にかかりやすくなる人がいます。さらに「成人も百日咳にかかることがある」という認識が世の中に広まり、これまで見逃されていたケースが正しく診断されるようになりました。百日咳は決して過去の病気ではありません。

 海外でも1990年代から、成人における百日咳の増加が問題になっていました。そのため、米国、カナダ、フランス、ドイツなどは、10代の青年に対する改良型・三種混合ワクチンの追加接種を数年前から実施しています。しかし日本は、百日咳を除いた二種混合ワクチン(ジフテリア・破傷風)を11〜12歳時に追加接種する、従来の方式にとどまっています。百日咳ワクチンが除かれる理由は、現行のワクチン0.5mlを青年や成人に接種すると、注射部位の発赤や腫脹などの副反応が強く現れやすいことです。第二の理由は、成人が百日咳にかかっても自身の生命が脅かされる危険性はきわめて低いからです。

 上記の欧米諸国では、百日咳ワクチンの副反応を減じた改良型ワクチン(Tdap)が開発され使用されています。しかし日本では今のところ、Tdapの製造も輸入も予定されていません。おそらく今後も早急な対応はなされないだろうと悲観しています。

 成人の百日咳が重症化しなくても、それをうつされた乳幼児は大変です。特にワクチン未接種の子どもが百日咳にかかると、顔を真っ赤にして「コンコンコンコン」と立て続けに咳き込み(スタッカートと称します)、その後に「ヒューッ」と音をたてて息を吸い込む動作をします(ウープと称します)。激しい咳き込みのために顔はむくみ、点状出血斑が顔や上半身に現れます。無呼吸発作を起こして命を落とすケースもあります。肺炎や脳症の合併例もときに見られます。百日咳は乳幼児にとって恐ろしい病気です。昨年の米国小児感染症学会誌によりますと、乳幼児の百日咳の感染源の70%は両親や親戚など身内の成人です。成人の予防措置と発症したときの早期診断・治療は緊急の課題といえます。

 成人の百日咳は、乳幼児ほど重くならず、典型的なスタッカートやウープはほとんど生じません。熱も出ません。血液検査を行っても、かかっているかどうか曖昧なケースさえあります。百日咳を疑う手がかりは、2週間以上の長引く咳に加えて、突然の激しい咳き込み、咳き込みによる嘔気・嘔吐などです。元気があるからと言って咳を長らく放置せずに、必ず医療機関を受診しましょう。特に子どもと接する機会の多い方は、ご自身の健康だけでなく子どもの健康にも留意すること、つまり「感染源にならない」配慮が強く求められます。
 

かぜの撃退法(2008年1月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   インフルエンザや風邪が流行しています。目に見えないこれらの病原体は、どのようにして人から人にうつるのでしょうか。その仕組みを紹介することで、病原体からわが身やわが子を守り、病原体を他人にうつさない方法を、皆様に知っていただきたいと思います。

 インフルエンザや風邪の感染経路は二通りあります。一つは咳やくしゃみによる「飛沫感染」です。飛沫とは、鼻や口から飛び出す細かい水滴のこと。風邪をひいている人の飛沫の中には、病原体が多量に含まれています。咳やくしゃみ、あるいは会話の際に飛沫を浴びると、病原体も一緒に飛び込んできます。もう一つは「接触感染」です。風邪をひいている人が鼻や口をいじると、病原体が手に乗り移ります。その手に触れられた物は、病原体で汚染されます。汚染された物体に触れた手で目をこすったり鼻や口をさわると、病原体が体内に侵入します。感染経路にはもう一つ「空気感染」があります。これは病原体が空気に乗って伝播する様式で、飛沫を直接浴びなくても空気を吸うだけで感染します。ただし、空気感染する病原体は、麻疹(はしか)、水痘(水ぼうそう)、結核に限られます。飛沫感染と空気感染は混同されがちですが、実態はまったく別物です。インフルエンザや風邪は空気感染しないので、同じ部屋にいるだけでうつされる危険はありません。

 では、飛沫感染を防ぐにはどうすればいいでしょうか。飛沫はせいぜい1メートルしか飛ばないので、風邪をひいている人と接する時に、お互いがマスクを着けて1〜2メートルの距離を保っていれば、病原体のやり取りはまず起こりません。マスクは飛沫の拡散を防ぎ、飛沫の侵入を防ぐのに役立ちます。さらに、呼吸する空気の湿度と温度を高めることで、鼻やのどの粘膜を保護する作用もあります。風邪をひきたくない人にも、すでにひいてしまった人にも、マスクは便利な小道具です。咳やくしゃみをしているわが子をお連れの際には、マスクの着用をぜひお勧めします。残念ながら、世の中のすべての人が感染防止策を心得ているわけではないので、外出時は人ごみをできるだけ避ける方が無難です。

 次に、接触感染を防ぐ方法はどうでしょうか。さまざまな物に付着した病原体は、数時間は生きていて感染力を有します。手が病原体の ”運び屋” になるわけですから、外出時にあれこれ触って汚染された後の手洗いは非常に重要です。手をやたらに目、鼻、口にもっていかない習慣付けも大切で、マスクの着用はこの点でも役に立ちます。風邪をひいてしまった人は、咳やくしゃみを押えた手や鼻をかんだあとの手(病原体がたくさん付いています!)をよく洗いましょう。待合室で椅子や床、絵本やおもちゃなどを汚してしまったら、消毒いたしますのでスタッフに声をおかけください。

 さらに基本的な防御策は体調管理です。バランスのよい食事をとり、湯冷めや寝冷えを避け、十分な睡眠時間を確保することで、病原体に付け入る隙を与えない身体を作りましょう。インフルエンザに関しては、ワクチンによる予防も可能です。あの手この手を駆使して病原体を撃退し、インフルエンザや風邪の流行期を無事に乗り切りたいですね。
 

麻疹の根絶は間近い(2010年3月14日掲載) 2010年05月12日(水)

   厚生労働省は3月10日、昨年1年間の麻疹患者数が741人だったと発表しました。麻疹による死亡者は1人もいませんでした。わが国の歴史上、年間の患者数が1000人を下回った記録はなく、死亡者が1人もいなかったことと合わせて、まさしく史上初の快挙でした。ほんの10年ほど前に、年間20〜30万人が罹患し、100人以上が死亡していたことを考えると、驚くべき進歩です。当クリニックにおいても、22ヶ月間連続して、麻疹にかかった子どもを診ていません。麻疹の根絶の日がいよいよ近づいて来たことを実感します。 

 麻疹はただの風邪とは違います。医学の進歩した現代でも、約1000人に1人が死亡する重い病気です。私の経験を申しますと、医師研修の開始後に亜急性硬化性全脳炎(SSPE)にかかって亡くなった子を担当し、大きなショックを受けました。SSPEは麻疹が治ったのち数年たってから発病し、神経症状が徐々に進行してやがて死に至る難病です。約10万人に1〜2人の割合で起こります。いまだ有効な予防法も治療法も存在しません。その後も、麻疹に合併する急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や急性脳炎により、幼い生命を失ったり重い後遺症に苦しんだりする子どもたちを診てきました。麻疹の怖さは十分に認識しています。

 麻疹患者数が昨今著しく減少した理由は、大多数の方々が予防接種をきちんと受けていることにあります。今から10年前、わが国の麻疹ワクチンの接種率は80%台にとどまっていました。この数値では麻疹の流行を止めることができません。その後、関係者の努力により接種率は向上しつつあります。ワクチン接種率が95%を超えると、その病気の発生はほぼゼロに抑えられます。麻疹の発生が人口100万人当たり1人を下回ると、麻疹がその国から排除されたことになります。現在の全国平均は5.8人です(秋田、高知、熊本、石川の4県は1人未満を達成しました)。麻疹の根絶までもう一歩です。ちなみに、ヨーロッパ諸国、南北アメリカ諸国、それに隣の韓国などでは、すでに麻疹が排除されています。わが国は「麻疹の輸出国」と諸外国から非難されていますが、ようやく汚名返上のチャンスが訪れました。

 麻疹ワクチンは、一回の接種では十分に効かない場合があります。二回接種すれば、ほぼ完璧な効果を期待できます。わが国では世界に遅れること約10年、さる2006年にようやく二回接種が開始されました。1歳児と5〜6歳児(年長組)が公費接種の対象ですが、2013年3月までの時限措置として中学1年生と高校3年生も公費接種の対象です。今年度は新型インフルエンザの影響もあって、接種率がかなり低迷しています。接種をまだ済ませていない対象年齢の方々は、あと半月のうちに必ず接種を受けてください。

 予防接種には二つの目的があります。個人防衛と社会防衛です。麻疹患者の約40%は1歳未満児です。この事実が何を意味するか、お分かりでしょうか。麻疹にかかった人は、自分が苦しむだけでなく、麻疹を周囲にまき散らしています。麻疹の感染力は強大です。インフルエンザの比ではありません。その被害者の約半数が、予防接種の機会をまだ与えられていない、弱者たる1歳未満児というのは、何ともやりきれません。麻疹ワクチンを接種する目的は、自分自身を麻疹から守るだけでなく、他人に麻疹をうつさない(他人をも守る)ことです。この機会にぜひ、他人と社会への思いやりを再確認していただければと思います。
 

おしゃぶりは必要か?(2005年11月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   おしゃぶりの使用の是非について、日本小児科学会の公式見解が6月に発表されました。結論(勧告)の要旨を引用しますと …
「おしゃぶりは使用しない方がよいが、もし使用するなら歯の噛み合わせの異常などを防ぐために、以下の点に留意する。
 @ 言葉を覚える1歳を過ぎたら、おしゃぶりを常時使用しない
 A 遅くとも2歳半までに使用を完全に中止する
B 使用中も声掛けや遊びなど、子どもとの触れ合いを大切にする。子育ての手抜きとしての便利性だけで使用しない
C 4歳以降になってもおしゃぶりが取れない場合は、小児科医に相談する」

 おしゃぶりは、家事で忙しい母親にはとても便利な道具です。利点として、簡単に泣き止む、スムーズに眠りに入る、母親の子育てのストレスが減る(居住環境によっては不可欠!?)、胃酸の逆流が減る、腹臥位で寝にくい、などがあげられます。ただし、おしゃぶりの宣伝文句に謳われている「鼻呼吸や舌・顎の発達を促す」は、現時点では学問的に実証されていません。

 一方、おしゃぶりの欠点も多々あります。とくに、歯列・噛み合わせの異常と情緒面の弊害が重大です。おしゃぶりを使用すると、開咬(奥歯を噛んでも前歯が噛み合わない)と上顎前突(いわゆる出っ歯)の発症率が高くなります。これらは、おしゃぶりを2歳頃までに止めれば改善しますが、2〜3歳以降も続けていると治りにくくなります。情緒面では、泣いている理由を考えずに使用する(子どもの欲求が分からない)、あやしたり声掛けしなくなる、子どもの発声や発語の機会を奪う、子どもが手指や物を口に入れて遊べない(協調運動の発達を妨げる)などが問題です。ほかに、中耳炎や口腔カンジダ症にかかりやすい、母乳哺育が中止されやすい、なども欠点としてあげられます。

 結論として、おしゃぶりには利点よりも欠点の方がやや多いようです。おしゃぶりをできるだけ使用しない、やむを得ない場合は必要なときだけ使用して早期の終了を目指す、習慣化はしない、などの配慮が必要です。当クリニックでも、よりよい子育てを支援したいと願っています。どうぞお気軽にご相談ください。
 

三歳までに良い生活習慣をつけよう(2004年8月13日掲載) 2010年05月12日(水)

   幼児期(3〜4歳まで)は、子が親から生活習慣の基本を学びとる大切な時期です。ここで形成された食習慣や運動習慣は、そのまま学童期、思春期を経て成人期に持ち越されます。しかし、子どもを取り巻く環境を見渡しますと、過保護、飽食・偏食、運動不足、精神的ストレスなど負の要因が横溢し、これらが及ぼす悪影響を憂慮せずにはいられません。いったん身に付いた悪習を後々に是正するのは容易ではなく、幼児期こそ、親は自分の身体だけでなく子の生活に強い関心を持つことが求められます。

 生活習慣の形成にとって好ましくない事例を幾つかあげてみましょう;(1) 親の夜型の生活に付き合わせていませんか? → 就寝も起床も遅くなり、朝食をとれない一日二食のリズムが作られます。幼稚園や学校に通うときに、これが災いの種になることがあります。(2) 子どもの求めるままに間食を与えていませんか? → おやつを食べ過ぎて食事をとれず栄養バランスが偏ったり、おやつも食事もとることでカロリー過多になり肥満を生じる危険があります。また、物事を我慢できない、耐性の乏しい子どもになりがちです。(3) 子守りをビデオやゲームに任せっ放しにしていませんか? → 自分で工夫して遊ぶ才能やコミュニケーションの能力が伸びず、運動不足や視力低下の原因にもなります。子どもは元々遊びの天才なのですから、屋外に出て遊ぶ機会を与えてあげねばなりません。

 生活習慣病としての糖尿病、高血圧、高脂血症などの原因は、遠くさかのぼって幼児期の生活習慣に存在します。ある研究調査では、上記の症状を主徴とする “代謝症候群” の成人30例中28例が成人肥満で、さらに28例中21例が幼児期から肥満であったと報告されています。また、脂肪細胞から分泌される生理活性物質(アディポサイトカイン)の多くが、動脈硬化や糖尿病や心筋梗塞に直接かかわることが科学的に証明されつつあります。良き生活習慣をわが子に伝えるためにどうすればいいか ⋯ 小さい子どもを持つご家族は、この機会によく考えてみてはいかがでしょうか。私共もそのお手伝いをいたします。
 

日焼けはほどほどに(2005年7月4日掲載) 2010年05月12日(水)

   筆者が少年だった頃、日焼けは健康のシンボルでした。夏の海辺でクロンボ大会が催され、皆で競い合って肌を焼いたものです。それほど昔でなくても、平成10年までの母子手帳には「外気浴や日光浴をしていますか」と記載されていましたし、今でも7割以上の人が「日焼けすれば身体が丈夫になる」と信じています。日光浴がかくも推奨される最大の理由は、日光に含まれる紫外線により体内でビタミンDが合成され、これがくる病(骨のミネラルが不足する病気)を防止する効果を持つためです。

 ところが、近年の栄養事情の改善とビタミンD摂取量の増加に伴ってくる病が激減し、代わって紫外線による皮膚癌の危険が実証されてくると、これまでの論調が一転して「日光浴は百害あって一利なし」と唱えられるようになりました。母子手帳から日光浴の字句が削除され、薬局には子ども用の日焼け止めが花盛りです。昨日の英雄が今日の悪玉に転落したかのようです。日光浴は有用か、それとも有害か、一体どちらが正しいのでしょうか!?

 オーストラリアの疫学調査では、10歳までに浴びる紫外線の量が多いほど、生涯の皮膚癌の発生率が高くなるという数字がでています。別の研究では、皮膚の癌抑制遺伝子p53の突然変異率が、非露光部に比べて露光部で高い(つまり露光部の方が発癌しやすい)ことが報告されています。これらの成績は白人のデータにもとづくもので、日本人に必ずしも全てが当てはまりませんが、日光を浴びすぎると皮膚癌の危険が増すことは間違いないでしょう。

 一方で、子どもにとって戸外で遊ぶことは心身の健全な発達に欠かせません。日光浴の害を強調するあまり屋内に閉じこもることは避けて、おおいに新鮮な外気を吸い未知の世界を探訪して欲しいものです。外出時の日焼けを最小限に減らすために、@ 夏の10~14時の外遊びを控える、A できるだけ日陰で行動する、B 帽子、長袖の衣類、日傘で露出部を少なくする、C 子ども用の日焼け止めクリーム/ローションを使用する、などの工夫が役に立ちます。保育園、幼稚園、学校の方々には、子どもを炎天下に長時間おかない配慮をお願いします。真っ黒に焼けた肌を賛美する風潮を改め、といって日焼けを過度に恐れて神経質になりすぎることなく、真夏の太陽と上手に付き合っていきましょう。
 

指しゃぶりはいつまで?(2006年6月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   昨年8月にホームページに掲載した「おしゃぶりは必要? 不要?」の補遺版として、指しゃぶりの必要性についてもまとめました。平成18年4月に日本小児科学会から発表された「指しゃぶりについての考え方」をもとに、筆者の考え方を一部書き加えて皆様にお伝えいたします。

 乳児期:生後12ヶ月頃までの指しゃぶりは、発達過程における生理的な行為です。指にかぎらず何でも口に入れて、形や味や性状を確かめようとします。これを無理にとめる必要は全くありません。赤ちゃんの好奇心を大切に育てたいですね。

 幼児期前半(1歳から2歳まで):立ったり歩いたり、あるいは玩具を使って遊ぶようになると、指しゃぶりの頻度は減少します。退屈なときや眠いときにはまだ指しゃぶりをしますが、この時期はあまり神経質にならずにそっと見守りたいものです。ただし、一日中あまりにも頻繁にしている、指に吸いダコができるほどしている、などが気になれば、小児科医や小児歯科医や臨床心理士に相談する手もあります。

 幼児期後半(3歳から就学前まで):子どもが親から離れて友達どうしで遊ぶようになると、指しゃぶりは自然に消失します。5歳を過ぎるとほとんど見られません。この時期に頻繁に指しゃぶりをしていると、歯並びや噛み合わせに大きな影響が出ます。また、指しゃぶりがやめられない背景として親子関係や生活環境に問題があるかもしれません。小児科医や小児歯科医や臨床心理士に積極的に相談しましょう。

 学童期(小学校入学後):この時期に指しゃぶりに固執している子、あるいはやめたくてもやめられない子は、小児科医や臨床心理士による助言と治療を必要とします。ぜひ、早めにご相談ください。

 指しゃぶりは3歳頃までは禁止する必要はありません。保護者は温かく見守ると同時に、指しゃぶりの卒業に向けた準備も少しずつ進めていきましょう。具体的には、@ 一日の生活リズムを確立すること(早寝早起きが理想)、A 昼間の遊びで手を使うことを楽しませて、さらにエネルギーを発散させること、B 寝つく前のスキンシップを図ること(手を握ったり絵本を読み聞かせるなど)が有効でしょう。
 

障害から才能へ(2006年12月1日掲載) 2010年05月12日(水)

   私が当地で障害児支援に携わって約8年が経ちます。この間に多くの子どもたち、ご家族の方々と接する機会がありました。「われ以外みなわが師」の教訓どおり、各々のご家庭の子育て体験を伺いながら、私なりの支援のあり方を模索してまいりました。私がつねに心がけている基本姿勢は、@ 疾患について正確な情報を提供すること、A 子育てに奮闘するご家族に共感し、親身になって援助すること、B 療育について必要な措置を講じること(他の医療・福祉サービスへの紹介も含めて)の三点です。まだまだ至らない点も多いと思いますが、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 障害児はその言葉どおり、家庭や集団で生活を送る上で何らかの障害を抱えているため、個々に合わせた支援を必要としています。しかし一方で、障害児の持つ能力の高さに驚く場面にしばしば遭遇します。むしろ健常児よりも優れている面も多々あり、日々の診療は新たな発見の連続です。障害児だから何もできないというのは全くの誤解であることを強調したいと思います。たとえば、ダウン症児に共通する、争いとは無縁の穏やかさ、他人と仲良く過ごせる協調性は、私にとって見習うべき良きお手本です。精神遅滞の子どもたちが見せる芸術的センス(絵画、書道、舞踊など)は、私たちに深い感動を与えてくれます。注意欠陥/多動性障害(AD/HD)児は、疲れを知らない底なしのエネルギーを秘めています。通常は興味が分散されて落ち着きませんが、一度「はまると」凄いパワーを発揮します。アスペルガー症候群の子どもたちは、抜群の記憶力を示します。百科事典やカレンダーを暗記するという話を聞くと、私など到底かなわないと思います。事実、これらの優れた能力を生かして社会的に成功している人々が大勢います。かのアインシュタイン博士はアスペルガー症候群でしたが、類いまれな気質と才能があってこそ、物理学を根底から書き替える大発見を成し遂げたのでしょう。

 障害児といえども達成感を味わいたい気持ちは健常児と変わりません。彼らに潜在する可能性(ポテンシャル)に目を向け、能力を伸ばすための環境と体制を整えることが私たちに求められています。それは未来の社会にとっても有用なことでしょう。しかし個々の場面では、可能性の限界に突き当たることも時に経験します。必ずしも理想通りに進まないこともあり得ます。それでもなお手を尽くすことにより、障害児とご家族に力強い安心感をもたらすように努めたいと思います。子どもたちの笑顔と成長を糧に、これまでにも増して障害児の支援に取り組み、成育外来の診療内容を充実させてまいります。また、子育てに奮闘するご家族に共感し親身になって援助するという信条は、障害児だけに限ることではありません。すべての子どもたちとご家族に向けて、子育ての良き相談相手になりたいと願っています。診療の合間にどうぞ何事でもお尋ねいただければ幸いです。
 


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